旅の思い出 -グレーシャー国立公園-
日程(2008年8月5日~8月17日)
8月05日 成田発16:55ユナイテッドエアーで シアトル着9:34
シアトル発16:45アムトラック鉄道・・・・・・・・・・・車中泊
8月06日 イーストグレーシャーパーク着9:54 バスでRSMIへ・・・・・RSMI泊
8月07日 終日ハイキング(ローガン峠、グラナイト、ザ・ループ)・・・・・RSMI泊
8月08日 終日ハイキング(アバランチェ湖、ローガン峠、ヒドゥン湖)・・RSMI泊
8月09日 終日ハイキング(サイー曲、サイー峠)・・・・・・・・・・・・・・・・・・RSMI泊
8月10日 終日ハイキング(セントメリー湖、オトコミ湖)・・・・・・・・・・・・・RSMI泊
8月11日 終日ハイキング(サイー曲、グリンネル湖、氷河、SCMI)・・SCMI泊
8月12日 終日ハイキング(アイスバーグ湖、プターミガン・トンネル)・・SCMI泊
8月13日 終日ハイキング(クラッカー湖)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・SCMI泊
8月14日 バスでイーストグレーシャー、18:45アムトラック乗車・・・・・車中泊
8月15日 10:20シアトル着・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・シアトル泊
8月16日 シアトル発12:41ユナイテッドエアー
8月17日 成田着14:55
グレーシャー国立公園中心部(今回旅したエリア)
8月6日
“GOING TO THE SUN ROAD(太陽に続く道)” とはうまく名付けたものだ。
バスを降り、チェックインのためモーテルに入った。
モーテルの名前は“RISING SUN MOTOR INN”
遠くまで来たものだ、日本の我が家を出て40時間が経っている。
ここはアメリカ北西部、モンタナ州にあるグレーシャー国立公園、公園北部はカナダと国境を接する。
グレーシャーの名が示すようにここの地形は氷河が大地を削り取り、数多くの急峻な山、深く緑豊かな谷、美しい湖が存在し、現在でもいくつかの氷河は活動している。
野生動物も豊富で合衆国管轄の国立公園として保護管理され世界遺産にも登録されている。
東西50㎞×南北100㎞の長方形に相当する公園には主な観光拠点としてビレッジが点在し、そこには宿泊設備、食料品店、レストランなどが備わっている。
その間は車道で結ばれ、公園の中央を横切っているメインルートが“GOING TO THE SUN ROAD”(GTSR)である。
しかもこのGTSRにはありがたいことに無料のシャトルバスが運行している。
それら諸設備を除くエリアは自然のまま保護され、唯一観光客が利用できるのは山小屋2箇所と総延長1000㎞を超すトレイルと称するハイキング道である。
私はハイカーの一人として、この自然を楽しみ、そしてできればその背後にある歴史に触れたいと思っている。
広いエリアに見所が分散しているため迷ったが、GTSR沿いにあるRSMI(ライジング・サン・モーターイン)に5泊、メニーグレーシャーにあるSCMI(スイフトカレント・モーターイン)に3泊することにした。
一週間の山歩きで4000k㎡(東京都の2倍)ある公園をカバーすることは到底できない。
GTSRを中心に南北の主要なハイキングルート10ヶ所に絞った。
今私がいるモーテルRSMIは公園の中央やや東、GTSRから30m程北に入ったところにあり、GTSRの南側はセントメリー湖である。
駐車場を挟んで2つの建物がありGTSR側がモーテルのフロント兼レストラン、反対側がジェネラルストアー(食料品店)、その奥林の中に寝泊りのできるキャビンが立ち並ぶ。
フロントでインターネット予約の確認番号を見せ、無事チェックインを済ませる。
キーと周辺案内図をもらって、キャビンに移動、林の中と言えど日当たりは充分、フロントから歩いて2、3分で、5日間我が家となる13B号棟に入り、リュックを下ろす。
pm3:00、 もちろん体は疲れているはずだが、そんな意識は無い。
シアトルから夜行列車で公園入口駅に今朝着き、ここまでのバスの窓から遠くに見える憧れの風景が、私をハイ状態にさせている。
早速、行動開始 セントメリー湖の遊覧船ツアーに参加
グレーシャー国立公園には背骨のような連山がほぼ南北に走り、大陸分水嶺を形成している。
それは太古の氷河のなせる業なのだが、削られた谷にできた大きな湖の一つであるセントメリー湖が分水嶺の東に位置する。
西にはマクドナルド湖がある。
RSMIから歩いて10分の船着場から出発するこのツアーはボートでセントメリー湖の西側を往復、途中岸に降りバーリング滝へのハイキングを含んでいる。
セントメリー湖の感想であるが、想像していたより美しくなかった。
8月という季節のせいであろうか、ガイドブックの写真のような草原を彩るお花畑はそこになく、スモッグのかかった都会のように景色にコントラストがないのである。
そして、思ったより暑い。
ツアーガイドも言っていたが先週寒かったが、暑さがぶり返したようだ。
眠い。 ボートの揺れと長旅の疲れが出たのか、帰りのボートの中ではコックリ、コックリ
モーテルに戻り、ジェネラルストアーで食料と水を買う。
食パン、ハム、チーズ、ピクルス、からし、ケチャップ、これらでサンドイッチ、アメリカ旅行でのパターンである。
キャビンに戻り、グレーシャーでの1日目が終了した。
8月7日
6時起床 今日から待ちに待ったハイキング開始
気分は上々、体調もまずまずだ。
モーテル横のバス停に立つ。
昨年ヨセミテ国立公園で買ったデイバッグには7:00開店のジェネラルストアーで買った水、キャビンで作ったサンドイッチ、インターネットで取り寄せた地図とハイキングガイドが入っている。
何度も検討したのでルートは頭に入っている。
GTSRをバスでトレイルヘッド(登山口)まで行き、終日ハイキングを楽しみpm7:00を目安にモーテルに戻ってくればよい。
GTSRでのシャトルバスは中間点であるローガンパスを境に
東側(セントメリー⇔ローガンパス間)の往復便
西側(ローガンパス⇔マクドナルド間)の往復便 がある
ここRISING SUNを通る西行きは始発がセントメリー発am7:00、15分毎発車と掲示板に書いている。
ガイドブックには8:00発と書いていたが、改善されたようだ。
7:30バスに乗りローガンパスへと向かう。
セントメリー湖を過ぎたあたりから巨大な岩山が姿を現す。
その大きさと谷底から急激に立ち上がる独特の景色に威圧感を覚える。
山までかなり距離があるのだが窓に顔を寄せないとその頂上が見えない。
これこれ、これを見に来たのだ。
ローガンパスに到着、グレーシャー国立公園の中でも特に人の集まる名所の一つ、
ここからの眺めもすばらしいし、ここから奥へと続くトレイル・ヘッドにもなっている。
観光案内所(ビジターセンター)、トイレ、駐車場はあるが、宿泊設備、食料品店はない。
環境保護を重視しているのだろう。
ここはGTSRで最も高い位置(標高2025m)のパス(峠)である。
ライジングサンが標高1400であるから約600mバスで上がってきたわけだ。
大陸分水嶺にも位置し、ここローガンパスでGTSRと交差する。
その稜線上断面で見るとここはコル(鞍部)と呼ばれる低くなった場所に位置し、分水嶺上に連なる3000m級のピークからみると1000m下がっている。
今日のハイキングはここローガンパスから始まりグラナイトパークシャレー(山小屋)を経由してGTSRのザ・ループまで歩き、そこからシャトルバスで宿のあるライジングサンに戻る予定である。
ローガンパスからグラナイトパークシャレーまではハイライン・トレイルと言い、起伏が少なく、すばらしい景観、豊富な野生動植物のため公園内で最もポピュラーなハイキングトレイルの一つである。 とガイドブックに書いている。
トレイルでの一歩を踏み出す。
しばらく歩いて山の斜面の中腹に出た。
インターネットで取り寄せた写真集に載っていた憧れの景色が原寸大で目の前にある。
来てよかった、と思える瞬間である。
氷河が地表を削り、その氷河が消え去ったあとには大きなU字谷と険しい山が残る。
今歩いているトレイルの左が谷で垂直の崖に始まり、徐々にその角度を緩め大きな弧を描いて谷底へと続く。
その昔、そこを埋め尽くしていた氷河は姿を変え、今は谷底を這う川となり、それでも底部をわずかずつだが確実に削り取っている。
そこには植物が育ち、高度を増すにしたがってその種類は変化するが、高度2500mを超すあたりからは草木も途絶え、男性的な岩山が剥き出しになる。
山にもタイプがあり、奥深くU字形にえぐりとられたもの、両サイドが削り取られ壁の様になった山、周囲から削られたピラミッドの様な山
ここは壁を形成する代表的な山でガーデンウォールと称し、その壁は南北10kmに及ぶ。
その西斜面中腹を北に向かってウォールの稜線、すなわち分水嶺に沿って歩いている。
見上げると頂上が鋸の刃の様にそびえている。
壁側にロープの設置されたトレイルを通過し、崖っぷちから開放される。
高山植物の花が咲いている。
最盛期を過ぎた8月ではあるが、セントメリー湖より高度が高いせいか、群生とまでいかないものの、かわいい花が心をなごませてくれる。
インデアンブラッシュなど見覚えのある花から今回初めてお目にかかるもの、
グレイシャー特有のベアーグラスも咲いている。
これは日本に無い植物なのでたとえにくいが、真っ直ぐに伸びた1本の茎の先端にたくさんの白くて小さな花を咲かせる。
花全体の形状はこぶし大の楕円形、背が高いので草原の中でよく目立つ。
岩から湧き出るせせらぎに顔を寄せ、それで体を冷やしたり岩に張り付いた苔に手を触れる。
草原では地リス、岩場でモルモットが出迎える。
壮大な景色に圧倒され、近くの動植物に心を奪われる。
写真を撮りたいし、トレイルから外れないようにと忙しいが、仕事と違ってこんな忙しさなら大いに結構だ。
ペースが遅いのでハイカーが私を追い越していく。
そんな非日常的ショックが数時間続き、やや気分も落ち着きを取り戻した頃前方に雪景色が現れた。
地図上でスノー・ハザードと記されたエリアである。
ネットからの最新情報によると今年は雪が多く、このトレイルでは雪崩の発生もあるとのことだった。
残雪は思っていたより少ないが、雪上ハイキングを楽しむには十分だ。
グレイシャー・リリーの群生が見られる。
今回の旅で私が最も気に入った花である。
10~20cm丈の小さな花だが、少女のようなかわいい下向きの黄色い花を咲かせる。
リリー(ゆり)の仲間であることはその特徴ある先の尖った花弁から察しがつく。
熊に食べられるのがかわいそうだ。
ちなみに、写真集の解説によると熊はベアー(熊)グラス(草)を食べない。
雪のエリアを通過し、ハイライン・トレイルの中間点を過ぎた頃、トレイル前方に一頭のマウンテンゴート(山羊)が現れる。
人間をあまり意識しないのと急な岩場のトレイルなので、接近してもトレイルから外れない。
しばしヤギさんの後ろについて歩く。
ゆるやかな斜面に入り、左の草原に避けてくれたのだが次は5匹のマウンテンゴート
トレイル脇で草を食べる親子に遠慮し、山側を迂回して前に出た。
親子にそそられ、私もランチ休憩とした。
前方左側、U字谷の延長かなたにマクドナルド湖が見える。
ハイライン・トレイル終点のグラナイトパーク・シャレーもそろそろだろうか。
ローガンパスから11km、分岐点に着く。
真っ直ぐ行けばグラナイトパーク・シャレー、右に曲がればガーデンウォールの稜線上に達する道である。
正午を過ぎたばかり、稜線上まで往復2.5km時間的に余裕があったので、右に曲がることにした。
ガレ場の続くウォールの西急斜面を登っていく。
午前中空全体を覆っていた曇も今は、ほとんど青空に変わっている。
暑い。 さっきの雪上ハイクが嘘のようだ。
キャビンを出る時は14℃、今は30℃は超しているだろう。
この程度の温度差は予想していたが、北緯50°でこの暑さは以外だ。
猛暑日の続く日本と変わらない。
わずか1.3kmなのに2度も休憩
苦労もないとハイキングらしくないと自分に言い聞かせ、足元だけを見ながらゆっくり進む。
ウォールの上端部、刃物でいうと刃先の部分、グリンネルグレーシャー・オーバールック(グリンネル氷河を見下ろす展望台)に到着 標高2400m
といっても稜線上のくぼんだ部分、南北にそれぞれピークが連なっている。
振り返ると、西側斜面草木のないガレ場に歩いてきたトレイルが見える。
東側は一変白い世界、グリンネル氷河だ。
私が立っているところから5m下にその氷河が始まり、巨大な滑り台になってはるか下まで伸び、南の屏風のようにそそり立つ岸壁に張り付いた雪の下からも氷河が始まり両者が下で合流している。
氷河からの上昇気流のせいであろうか風が冷たい。
太陽が雲に隠れると同時に寒気を感じる。
足元に気をつけながら氷河の先端部に降り、ペットボトルを埋める。
後で掘り出せば冷たい水が飲める、どうせ降りる時は暑さで悩まされるだろうから
岩だらけの稜線上を北のピークに向かって少し登り、さきほどと角度の違う位置から氷河を見る。
氷河の一部が溶けて青く水溜りのようになっている部分がある。
雲で隠れた太陽が再び現れ、鋸の刃のような稜線が氷河にくっきりとその影を落とすのを待ってシャッターを押した。
さらに進もうとするが傾斜も風の強さも増してきた。
危険を感じたのだろうか、20m先を歩いていた青年が戻ってきた。
彼に氷河をバックに写真を撮ってもらうと、彼も同じことを私に頼むのだが彼のカメラは一眼レフ、操作方法を教えてもらうが、うまく行ったかどうか
画像を確認して言った“パーフェクト”はきっとお世辞だろう。
来た道を下り、ハイライントレイルに戻る。
前方に小さく見えるグラナイトパーク・シャレーへと向かう。 pm3:00到着
ここは園内にある2箇所の山小屋のうちの1つである。
ホームページに掲載されていたここの写真も私をグレーシャー国立公園に駆り立てた物の一つだった。
夕暮れでピンク色に染まる岩山をバックに山あいの高台に立つその山小屋の風情は私の旅心を揺さ振った。
簡素な宿泊設備であるが、非常に人気があり、昨年の11月に今年の予約受付が始まったが、ベストシーズンである7~8月の予約は2月にはほぼ埋まっていた。
私自身宿泊を検討したが、見たい場所と限られた日数の中であれこれ迷い、結局断念した。
トイレを借りフロント兼食堂で買った500ml入りのジュースを表のベンチで一気に飲みほす。
ここから3.7kmの位置にスイフトカレント山展望台があるが、500mの登りでは時間的に無理っぽい。
ザ・ループに向かって降りることにした。
東の方向にはガーデンウォールとそこから谷までの見事なカーブの途中に今日歩いたハイライントレイルが見える。
耳の奥で気圧の変化を感じるほどのきつい下り坂である。
逆のルートでローガンパスに行くとしたらプラス2時間は必要だろう。
樹林帯に入る。
所々、山火事の跡が見られ、立ち枯れの木の元に若木が育っている。
クリークを横切る橋を渡りザ・ループのバス停に着いた。
今日のハイキング終了。
シャトル・バスを乗り継ぎライジングサンに戻り、シャワーを浴び、手作りサンドで夕食を済ませる。 pm7:30
日没は9時半頃、散歩に出ることにした。
GTSRを横断し林を通り、セントメリー湖畔を歩く。
少し気温が下がって、気持ちの良い風が吹いている。
釣を楽しむ家族以外は誰もいない。
ライジングサンに戻り駐車場横の岩に腰をおろす。
セントメリー湖対岸西側にレッドイーグル、マートパ、チーフの三山が夕日に映え、その上を三日月が西に移動している。
ゆるやかな時の流れを感じながら今日一日を振り返る。
自分の歩いた軌跡、見たもの、感じたことを・・・
ローガンパスから距離21km、UP550m、DOWN1200m、景色、体調共上々のすべりだしであった。
そして、明日のために学習したことは
1.蚊、ハエ、ハチが多い。歩いている時はそうでもないが、食事の時はうっとおしかった。
明日から虫除けスプレーを持っていこう。
2.思ったより暑い。シャレーで補給できたから良かったが、最低2リットルは必要だ。
日没と共に就寝
寝つきは良かったのだが、喉の渇きで目が覚める。 pm12:00
アルコールは日本を発つ時から飲んでいない。
今日もそうなのだが、久しぶりの終日ハイキングで体中の細胞の働きが活性化されたのだろうか。
ミネラルウォーターで喉を潤し、トイレを済ませ再びベッドに倒れこむが、ふと思いつくことがあった。
今がチャンスだと思い、部屋の明かりをつけ、リュックから懐中電灯と星座早見盤を取り出した。
星を見よう。
私の住む住宅街では一等星でさえ満足に見ることが出来ない。
あまり利用されない公園でさえ夜通し、万遍なく照明が行き届いている。
それは今回体験したいことの1つであり、1年前からそう思っていた。
昨年同じくアメリカのヨセミテ国立公園を旅し日本に帰って、知人から“星が綺麗だったでしょう”と言われて、返事に困った。
そう私はテントキャビンに6泊もして一度も夜空を見上げなかったのだ。
そこには満天の星が輝いていたはずなのに
熊の出没を恐れはしたものの、夜中に外を歩くことは何度もあった。
野外でのレクリエーション参加、共同トイレへの往復、
ヘッドランプをつけて足元を確かめることにしか能がなかった。
今回は是非にと思い、近くの明石天文台のプラネタリウムなどで予備知識を得、14年前アメリカで買って、一度も使ったことのない早見盤を携えて、この旅に臨んだのだ。
ヘッドランプをつけ、外に出る。
灯り1つない真っ暗闇に思わず笑みが漏れる。
まるで犯行をもくろむ怪しい男のように
見上げると本物の星がそこにあった。
ランプをつけたり消したり、早見盤と見比べながら星座を探す。
北斗七星、北極星、カシオペア座、夏の大三角形
授業で習った子供のときでさえしなかったし、レベルも子供並みであるが、それが楽しい。
南を向きさそり座を探すが、見当たらない。
私が持っている早見盤はグランドキャニオンで買った北緯30-40°版である。
ここはほぼ北緯50°、さそりはこの時間、とっくに地平線の下に隠れてしまったようだ。
夜気の寒さはそれほどではないが、ランプの明かりに寄ってくる虫が気になる。
虫除けスプレーの効果なし
足踏みしたり、手で虫を払いながら、ランプをつけたり消したり、客観的にみてやはり不審者だ。
白鳥座の美しい姿を確認したところで終了とした。
8月8日
今日はアバランチェ湖と余裕があればヒドゥン湖へのハイキング
昨日と同じくトレイルヘッドまではバスでの移動だが、2つの湖は別のトレイル上にあり出発点も別だ。
西行きバスに乗り、ローガンパスで乗り換え昨日利用したザ・ループを通過し、バス停アバランチェレイクで降りる。
ここから今日のハイキングが始まる。
昨日と違って川沿いを歩き、アバランチェ湖での折り返しである。
川の名前はアバランチェ・クリーク、昨日ハイライントレイルを歩いたとき眼下に見えた緑に覆われた谷、そこを今私は歩いている。
冷気の漂うすがすがしい朝だ。
杉の大木の間をしばらく歩き、登りにさしかかった頃アバランチェ・ゴージに着いた。
ゴージは峡谷という意味だが、キャニオンより規模の小さいものに使うようだ。
クリーク(小川)とリバー(川)の違いのように
アバランチェ・クリークの川幅が極端にせばめられ急流となって、岩の間を流れている。
美しい空色の水と飛び跳ねる水しぶきの白、急流で削られ美しいカーブを描く岩肌、まわりの草木の緑、絵になる景勝地である。
30mも上流へ行くと川幅が広くなり、ゆるやかな流れに変わる。
トレイルもこれに比例するかのようにフラットになり、歩きやすく距離も長くないので、軽ハイクを楽しむ多くの人が集まる。
トレイルヘッドを出発して2時間、アバランチェ湖の前に立つ。
そこは小石を敷き詰めたビーチのような場所、人は多いが、騒々しいというほどではない。
数箇所設置されたベンチや流木に腰掛けている人、かけっこや水切りをする子供たち
どちらもしたいが、おとなしくベンチ派につくことにした。
目の前にあるのは典型的な氷河湖である。
とはいっても、それを見るのは初めてであるが
湖を取り囲む三方の岩山の高さは湖面から1000mを超す。
対岸までの距離も約1km、まるで巨大な滝壺の跡であったかのような場所に湖があるわけだが、そのメカニズムがわからない。
氷河は重力で流れるわけだから接地面は山から遠ざかるにつれて低くなるはず、
なぜ絶壁の真下にその下流側より深い部分ができるのだろう。
壁は上から見るとU字形になっているのであろう私もそのUの中に入っている。
カメラを向けるが画面内にその全貌はおさまらない。
左を向いて右に回転しながら小分けに撮影した。
草木の少ない壁面を幾すじもの滝が流れている。
中央より右側下部は崩れた砂礫で覆われているが、他はむき出しの岩肌である。
“むき出し”と感じるのは、幾重にも積み重なった堆積岩の水平方向のすじ、さらに断層や褶曲がこの場所からはっきりとCTスキャンで見る内部構造のように見えるからだ。
ほぼ中央に一筋の滝が流れ、頂上部がへこんだ位置の縦軸を境に右側が右上がり、左側が右下がりの褶曲模様が見られる。
ここでプレッシャーが働いているのだろう、やや大きめの断層が見られる。
数億年前にできた海辺の堆積層が、やはり気の遠くなるような長い年月を経て数100km移動してきて、なおほぼ完全な形でその地層をとどめている。
苦労を重ねた老人のしわのような地層が強く、柔軟であることに驚く。
湖に沿ってトレイルを反時計回りに歩く。
1/4周したあたり、グレーがかった湖の色がエメラルドグリーンに変化する。
対岸の針葉樹林が湖面に影を落とし、団体の観光客がそれをバックに記念写真を撮っている。
湖畔を半周し、湖に水が流れ込む岩山に最も近い場所まで来た。
意外とここから壁面まで距離があり、なだらかなカーブを描いている。
ここから先、稜線に達するトレイルはないが、中間点までなら歩いていけそうだ。
アバランチェとは雪崩という意味だが、私には雪山登山の経験はなく、それを見たことはない。
ここで雪崩に会ったら逃場が無いだろう。
雪で覆われた岩山と雪が崩れ落ちる様を想像し見たくあり、怖くもあり、という心境だ。
岩山を背に湖を見ながら思った。
下流を覆っていた氷河は一瞬にして消え去ったのではないのだと
そして、下流側から徐々に縮小し、ちょうど氷河の先端が今の湖の位置だとすると
氷河の重量は接地面に対して斜め下向きに働くであろうが、下流側に氷河がないため前に押し出される砂礫は氷河先端部で盛り上がり、その結果氷河の跡に、へこんだ部分ができ、こうした湖ができるのではないだろうか。
アバランチェ湖に別れを告げ来た道を引き返し、GTSRに戻った。
12:00を過ぎたばかり、バス待ちの間に昼食を済ませ、ローガンパス行きに乗る。
ローガンパスを境に東側ルートのシャトルバスの車体は赤、西側ルートは青で彩色されている。
各バス停に設置されている路線図も同色で色分けされている。
偶然の一致だろうが、私が見た東側の運転手は全て先住民の方、西側はそうでない方だった。
又、西側はバスガイドのように雄弁である。
残念なことに私の語学力ではそのほとんどが理解できなかったのだが、ここで乗った時の運転手のジョークは面白かった。
まず彼は自己紹介し、このGTSRの工事にも携わったという。
そして、続けた。
「公園のことならなんでも聞いてくれ。 もちろん知らないことは答えられないが」
「ある日、一人の子供が私に尋ねたんだ」
「この公園に木は何本あるの?」
この後の彼の沈黙が乗客の笑いを誘った。
アメリカの国立公園の良いところは景色や野生動物にあるのだが、園内を走る無料のシャトルバスも魅力の1つである。
国内全ての公園で運行されているわけではないが、グランドキャニオンやヨセミテにもあった。
ここグレーシャーでは2007年から開始され、私のように車を運転できない者にとっては非常に便利である。
それもこのGTSRがあってこそである。
建設まで10年以上をかけ1933年に完成したが、計画の段階ではそのルート上に15のスイッチバックの案もあったようだ。
結局総延長50km中1回のスイッチバックとなりそれが今走っているザ・ループである。
ザ・ループを過ぎると左の岩壁を雪解け水がカーテンのように流れ落ちるウイーピング・ウォールと称する場所があるのだが、その先のトリプル・アーチーズのほうが見ごたえがある。
三重橋と訳せばよいのだろうか、皇居の二重橋のような形状だが川に架かる橋ではなく、絶壁に沿って造られた道路の一部である。
私が気に入ったのは、壁と同色の石造りであるためアーチが作る空洞がなければ元々そこにあったかと思うぐらい岩場に同化し、建造物としての美しさと景観を損なわないようにする製作者のこだわりを感じるからだ。
ローガンパスに着く。
バスが乗り入れた駐車場から少し上がったところにあるビジターセンターもオープンし、センター前の空き地で観光客を前にレンジャーがスピーチを行っている。
公園の説明や自然環境保護の大切さを訴えているようだ。
レンジャーの背後(西側)にレイノルズ山とクレメンツ山が見え、東の駐車場側GTSRの向こうには軍艦のような岩山が聳えている。
“GOING TO THE SUN MOUNTAIN(太陽に続く山)”である。
GTSRが完成した1933年、ここでそれを祝う式典が催された。
当時舗装されていなかったが、4000人が集まったという。
そして、その時この道が“GOING TO THE SUN ROAD”と命名されたのである。
GTSRを西から走るとローガンパスで峠を越え一路東へ、朝日を正面から受け太陽に向かって進むことになる。
私はこの名前からそのように想像したのだが、実のところ、この道は先住民の伝説に由来するようである。
その伝説によると太陽から降りてきた神がブラックフィート族に狩を教え、太陽に戻る時大きな岩山の頂上に自分のイメージを具現化させた。
ある白人がその伝説に基づいてその山の名前“GOING TO THE SUN MOUNTAIN”を作り上げ、そしてそこからこの道の名前も決まった、というわけだ。
ともあれ、ここを旅する私とって、この名前はとても印象深いものであるし、この道路の存在とバスの運行がなければ一人で旅することも考えなかっただろう。
スピーチが終わり、今日の第2の目的地、ヒドゥン湖を目指す。
早朝便で立ち寄った時と違って観光客が多い。
道に迷うことはない、みんなの後について行けばよい。
かわいい花が咲きそろう草原を歩くのだがそれらを保護するためだろうか、ボードウォークが設置され、その行く手正面にクレメンツ山が堂々とそびえている。
緑の海原に突き出た巨大な黒い塊、大地と接する部分の残雪はまるで戦艦クレメンツ号がたてる水しぶきのようだ。
人は多いが道幅が広いので気にならない。
小高い丘でボードウォークは終点、振り返るとそれが小さくなったビジターセンターに向かって蛇行している。
その後ろに折り重なる岩山、右奥がゴーイングトゥーザサン・マウンテンである。
左はガーデンウォールが北に伸び、GTSRそして昨日歩いたハイライン・トレイルも見える。
クレメンツ山のふもとに来た。
このあたりには雪が残っている。
きのうのハイライントレイルでもそうだったが山陰で日照時間が少ないせいだろう。
ヒドゥン湖を見下ろす展望台ヒドゥンレイク・オーバールックに着いた。
木製の床と手摺で構成された半円形の展望台で多くの人が記念写真を撮ったり、静かに景色を眺めている。
人が集まる所、食べこぼしに寄ってくるのか、地リスやマウンテンゴートが沢山いる。
湖までの緩斜面と湖畔は深い緑に覆われ、左側はレイノルズ山を含む分水嶺がここから時計回りに湖を囲み、対岸右奥に残雪を擁する形の良いベアーハット山が立ち上がっている。
まさに絶景である。
濃いブルーの湖面に浮かぶ針葉樹で覆われた小島の付近だけ切り取っても絵になる。
やはり園内で最も人が集まる場所のひとつだけのことはある。
ハイキングはここまでにして戻る人も多いが、私は湖まで降りてみることにした。
歩き始めてすぐ、1匹のマウンテンゴートが私の前で止まった。
カメラを向けるとヒドゥン湖の全体と右隅にそれがきれいに収まる。
絶好のシャッターチャンス、ベアーハット山をバックにもう1枚。
小さな“ありがとう”が聞こえたのか、山羊さんは歩き始めた。
“ラッキーね”という観光客の一人に“そう まるで写真を撮ってくれと言わんばかりだったよ”と返したが、the goat の代名詞として she は正しかったのだろうか。
彼女に湖まで降りる道を聞いた。
彼女の指差す方向、ガレ場の中にトレイルが見えた。(この“彼女”は goat ではない)
展望台からは北に少しバックし西へ進み大きく迂回することになる。
非合理的に見えるが、もし展望台から直接湖に向かって下るトレイルを作ったとしたら、展望台からの景色は陳腐な物になってしまうだろう。
石ころだらけの斜面を歩きながら、突然現れたようなトレイル沿いの巨大な岩壁が気になった。
こんな近くにガーデンウォールはなかろうと、地図を見るとクレメンツ山だった。
その麓に来るまでピラミッドのように見えていたのに、今は屏風のようだ。
その等高線で納得できるが、それにしても山の形は見る角度によって変わるものだ。
30分程歩くと急勾配の下り斜面と湖のある底部が見えた。
何度もスイッチバックを繰り返し、湖の西側に着いた。
透明感のある美しい湖の向こうにピラミッドのようなレイノルズ山が見える。
岸沿いに少し歩くと、そこは湖から流れ出る水の出口ヒドゥン・クリークの始まりだった。
この川沿いにトレイルはないが、その先は今朝歩いた アバランチェトレイルに沿って流れるアバランチェクリークに注ぐ。
もしトレイルがあればバスを利用することなく効率よくここに来れたのだが、
もっと欲を言えば、アバランチェのウォールを越えここまでくればエキサイティングな1日を過ごせるのに、と身勝手な想像をした。
ふと水面を見て魚が泳いでいるのに気がついた。
大きさ30~40cmくらいのマスが湖の出口、流れの速くなった場所でそれに逆らって泳いでいる。
内1匹は時々銀色の腹を見せ、尾びれを震わせながら水深わずか20cmほどの川底をたたいている。
産卵だろうか。
この季節に?、と思ったが確かにそれらしい仕草を繰り返している。
珍しい光景に見とれていると10mもない川幅の向こう岸にマウンテンゴートが立っている。
そして私のほうに向かって川を渡り始めた。
ちょうどマスの写真を撮っていたのでそのままマウンテンゴートに向けシャッターを押した。
私にも小さい頃田舎暮らしの経験があり、やぎを1匹飼っていた。
その乳を飲んだことがある。
川でもよく遊び、魚とりもした。
しかし、人生の大半は都会暮らしが続いている。
貴重な動物の生態を見ることができ大いに満足
展望台で目をつけていた小島を見に行こうと思い、裸足になって川を渡り始めたが、さっきのヤギのようにうまくいかない。
2本足と荷物を持っているせいだけではないのだ。
子供の頃ならこのくらいの浅瀬なら走ったものだが、丸い石でさえあたる足の裏が痛い。
あまく見ていたので、カメラを裸で持っている。
滑らないように、そして足にかかる荷重をできるだけ小さくしようとゆっくり歩く。
冷たい水で足が痛い。
気持ちはあせるが、足とバランス感覚が落ち着けと言う。
岸に着き、なんとも情けないわが身を思い、震える下半身を見ながら、思わず笑ってしまった。
西部劇で馬に乗って牛を追い、川を渡るときは人馬共ずぶぬれになるシーンがあるが、軟弱な私などとうていカウボーイになれそうにない。
樹林帯を抜けグレーシャー・リリーの群生地に出た。
その中を両足がその草に触れるほど細いトレイルが続く。
小島が見える湖岸に出たが、特にどうという景色ではなかった。
遠くからはきれいに見えるが、実際そこに行くとそれが実感できないことはよくある。
当たり前だが、景色の良い場所を通る列車は絵になるが、列車の中からその感動が得られないのと同じだ。
ヒドゥン・クリークに戻る。
今回はスムーズに渡ることが出来た。
手ごろな石の上に立って濡れた足を乾かしていると、一人の若者が来た。
リュックを下ろしタバコをくわえ、釣竿を取り出した。
オハイオ州から来た学生、旅なれた様子だ。
目の前に見えている魚を釣るのかと聞いたが、
「それは釣らない、それを釣るのは easy そして cheat だ」と言う。
cheat は “ずるい”ということなのだろうか。
“見えているから”か“産卵中”だからなのか分からなかったが、釣ったところを写真に撮って見せてやろうと思った自分が恥ずかしい。
今の私にはカウボーイどころかナチュラリストにもなれそうにない。
4時とはいえ日は高い。
午前中の雲も晴れ渡り、日差しがきつい。
湖からの帰り道、いきなりの急斜面を登りきり、平坦なトレイルに入り、一休み
後ろを振り返ると、西日の方向の青い空に大きな入道雲が立ち上っている。
その両サイドに山が遠近の違いで何枚かの違う青色の紙を切って貼り付けたようにそびえている。
来た道と同じなのだが、天気の違いが別の顔を見せてくれ、足の疲れを和らげる。
ヒドゥンレイク・オーバールックに着く。
午前中と違って強い日差しの影響で湖の色が絵の具の青に近い。
一組のカップルが記念写真を撮っている。
明るい景色をバックに二人の笑顔が良く似合う。
彼らに嫉妬するわけではないのだが、たぶん私の暗い性格から来るのだろう、今の景色より朝の曇り空で見たそれの方が好きだ。
濃く、深みのあるブルー、神秘的で何かを隠し持っているようなヒドゥン湖が好きだ。
ローガンパス、ビジターセンター前のベンチに座って今日を振り返る。
アバランチェで歩いた距離 12km、up・down共150m
ヒドゥン湖で10km、up・down共370m
両方行くことが出来、大満足
体調に異常なし
8月9日
いつものように6時起床
キャビンで朝食を済ませ、ジェネラルストアで水、コーヒーを買いバス停に向かう。
今朝も曇り、そして風が強い。
モーテル横の国旗が雲の中で薄く輝く太陽に向かって激しく揺れている。
いい兆候だ。
“The frag rising to the sun at RISING SUN.”
などと親父ギャグをつぶやく。
うけると思ったのだが、近くにそれを聞いてもらえる相手がいない。
セントメリー7:00始発便にあわせ7:15、バス停横の柵にもたれコーヒーをすする。
ローガンパス行きのバスに乗る時、サイーベンドは止まるかと聞く
“Yes” と運転手
何度も通っているルート、Siyeh Bend に止まるのは知っていたのだが発音を確かめたかった。
日本にいるときから気になっていたのだが、Siyeh の発音が分からない。
“シー”、“シェー”、“サイー”、“サイエー”
こっちに来て何人かに聞いたが人によっても違う。
戦場で使う合言葉でもあるまいが、フロントで聞いた発音が通じて一件落着。
今日のハイキングルートはローガンパス手前のバス停から歩きサイーパスを越えGTSRに戻ってくるコースだ。
サイーベンドで降りる。
寒さが戻ってきたのか、ウールの長袖シャツを着ているのだが暖かくない。
サイー・クリーク沿いのブッシュの中を歩きはじめた。
ここでバスを降りたのは私だけ、前後に人はいない。
突然、エルクが現れた。
むこうも気が付いてこちらを見ている。
これが限界と思われるところまで近づいてカメラに収めた。
突然の珍客来訪に興奮するが、熊に注意の掲示板を見て不安になった。
何度もベアーカントリーを旅してきた私、幸か不幸か、まだ野生の熊をまともに見たことがない。
3日前、セントメリー湖の遊覧船から見たのは2つの点だった。
もちろん見たいが、状況にもよる。
こんなところで、さっきのエルクのように出くわしたらたまったものでない。
うっそうとしたブッシュや曲がり角が気になる。
一人ぼっちが好きなくせに、今は他のハイカーがいればいいと思う。
都合のいいもんだ。
地図にない分岐点での標識を確認し、いくつかのクリークを渡り、サイーパス・トレイルに向かう標識のある分岐点に着いた。
ここで小休止(ついでに用を足す)
昨日まで歩いたトレイルと違って高い山ではさまれた狭い谷になっているため植物もうっそうと茂っている。
濃い緑の中、花がきわだつ。
とりわけベアーグラスの花が美しい。
暗い空間に浮かび上がる真っ白な無数の花弁は幻想的でさえある。
やがてトレイルは高度を増し、木はまばら、所々に草原が姿を見せる。
20~30cmの背丈で競うように咲く色とりどりの草花
写真を撮りながらゆっくり歩く私を一組のハイカーが通り越していった。
熊に対する恐怖は薄れ、雲もはれ、今日も楽しいハイキングである。
今歩いている道はピーガン・トレイルといい、真っ直ぐ進めばメニーグレーシャーへ続くが、今日のルートはサイーパスのため分岐点を右折する。
背の低い杉の林を抜けると視界は開け、広いお花畑を小川が流れ、南西方向に美しい山々が折り重なって見える。
中央の形の良いのはレイノルズ山だろう。
周囲に人はいない。
絶好の休憩地、そしてスモーキングエリアである。
お花畑の中の個人用の展望席のような岩に腰を下ろし、地図を開いて現在地を確認する。
プレストンパーク、なるほどパーク(公園)に違いない。
地リスが地を這い、周りを蝶が舞う。
モンシロチョウに似ているが弱々しい飛び方はウスバシロチョウに近い。
空気と水がうまい。 不健全だがタバコもうまい。
休憩後トレイルに戻ると両サイドにグレーと薄茶色の巨大な山が見える。
左がサイー山、右はマターピ山、正面を見上げると弓形に凹んだ美しい稜線が見える。
左右の山をつなぐ吊橋のようだ。
ここも昔は氷河に埋まっていたのだろう。
そう私は今U字谷の底部を歩いている。
南向きで日照時間が長いせいであろうか、標高3000mと園内でも高い部類に入るサイー山の壁面に氷河はなく、雪だまりが斑点のように残っているだけだ。
谷にも高い木はなく、緑もまばらだ。
両サイドの傾斜の始まる位置から緑は消え、茶色の世界が頂上まで広がる。
右の岩肌は石で覆われ、左のサイー山は、下部は砂礫がたまりスカートのように底部に広がり、上部は絶壁になっている。
堆積層のむき出しになったその岩肌にはここからでもはっきり幾重にも積み重なった水平の地層のすじが見てとれ、その中に黒い線が一本見える。
線といっても写真集の解説によると最大幅90mの火成岩でできた地層である。
足元に転がっている緻密な組織をもつ同色の石からそれが玄武岩であることが分かる。
3ヶ月前に少しでも予備知識を得ようと出向いた玄武洞の石と同じだ。
アバランチェ湖で見た岩山と質感が違うのはこのせいである。
この山はアバランチェには無いマグマという自然現象を体験している。
その影響で変成岩も存在し、アバランチェに比べ全体として硬くなった分、より垂直な壁を保っているのだろう。
トレイルは真っ直ぐ吊橋に向かうと思われたが、右側ガレ場よりに進路を変える。
後ろをふりかえると谷がU字の美しいカーブを描いている。
森林限界を越えマターピ山側のガレ場にはいるとスイッチバック(ジグザグ道)の登りが始まった。
その一つを曲がると、サイー山側の谷底に達する場所に小さな湖が見えた。
残雪の先端部が湖に接している。
宝石のように美しい、そして神秘的
間近で見たくなり、トレイルを引き返し、谷におり草原を歩いた。
トレイルを外れて歩くことは許されないと知りながら誘惑に負けた。
アザミの群生地に出た。
正面は樅の木が密生しているので、迂回しようと左に進んだがそこは沼地だった。
沼地はダメだ、きっとトレイルから外れたバチがあたる、と思った。
以前、経験がある。
北海道、旭岳の登山口でのこと、水芭蕉の群生地に足を踏み入れ、膝上まで埋まったことがある。
樹林帯の右を廻り、しばらく行くとガレ場の中にその湖はあった。
サイーマウンテンの頂上から垂直の壁、そしてその下方は砂礫が広がり、徐々にその傾斜を緩め底部のフラットなガレ場に続く。
フラットになる直前に雪だまり、その先端下部が空洞になり、そこから水平に湖が伸びている。
湖といっても小さい。 一周10分程度だろう。
美しいターキー・ブルー(トルコ石色)だ。
石膏のように真っ白な雪塊の先端周辺の湖面が雪の後を引き継いだかのように、又その影を落としているかのように白く濁っている。
トレイルから見下ろした時もそれに気付いていた。
私は今回の旅で是非見たいと思うものがいくつかある。
その1つは数日後訪れる予定のクラッカー湖のブルーである。
湖の色はさまざまな条件のもとで多様に変化する。
アバランチェ・ゴージの淡いブルー、アバランチェ湖のエメラルドグリーン、曇り空のもとで見たヒドゥン湖のダークブルー、それらも確かに美しかったのだが、
日本でインターネットで検索しクラッカー湖を見たとき、これだと思った。
ターキーブルーというのか、それともミルキーブルーが適当なのか、こんなきれいな色があるのかと思った。
その正体は岩石に含まれる石灰分や石英である。
岩肌を削る氷河によりパウダー化したそれらが湖に沈殿し、光の反射でその色に見えるそうだ。
今、私が目にしている湖の入口表面で漂っている白い帯はまさにそれではないだろうか。
空の青と湖の青にはさまれた岩山の茶色のグラデーションも美しい。
足元に植物の化石が転がっている。
それはラン藻が年輪状に成長したストロマトライトと呼ばれるもので、石灰分が多量に含まれている。
地球上で最初に誕生した光合成をするその生物は10億年前のものといわれる。
今それがこの湖に溶け出し、この色を見せてくれる。
美しい景色に隠された地球の歴史を感じる。
ミニ冒険を終え、トレイルに戻る。
スイッチバックを繰り返し、ガレ場を登る。
右側のサイーパスと左のサイー山の両ピークを結ぶ稜線(先程吊橋と書いた部分)の右端に着いた。
ここを右に曲がりもう一度スイッチバックすればサイーパスと思われたが、稜線の眺めが良いので小休止
その稜線の向こう側にも谷があるようだ。
クラッカー湖のある谷だろうか。
谷の底部を見るには斜面を覆う雪渓の下まで行かなければならない。
雪渓を歩かなくても左から廻っていくこともできるが、踏み跡のない雪の斜面を歩きたかった。
たとえ滑って下まで落ちてもたいした怪我にはならないだろう。
降雪からかなりの日数が経っているのだろう、雪というより粒状の氷が固く締まった状態である。
鹿の足跡が残っている。
足元に気をつけながら斜面を蛇行し、50m程の雪渓を降りると黒くて大きな岩に突き当たった。
左側はガレ場、右側は雪、雪の右端は崖っぷち、下は谷に続くはずだ。
雪の部分は平坦だが幅2m、しかも岩との間にクレバスが走っている。深さは分からないが、落ちれば脱出不可能だろう。
遠回りになるが、さすがにここは岩の左側を迂回することにした。
岩の向こうに出て右側の谷に向かうが、そこだと思い近づき、盛り上がっただけの岩場に何度かだまされ、やっと崖っぷちに立った。
そしてそこから右奥の谷の一番奥まった場所、昔は氷河の先端部だったであろう岩壁についた。
谷を上流から一望する位置である。
それは私が期待したクラッカー湖のある谷ではなかったが、そこにはすばらしいU字谷が広がっていた。
真下には氷河湖があり、中央部にも緑に囲まれた湖が見える。
またしても絶景の独り占め、これがあるからハイキングはやめられない。
できることなら昼寝でもして、夕暮れ時の景色でも眺めたいものだが、それはキャンパー達の特権であろう。
後ろ髪をひかれる思いでトレイルに戻った。
思いのほか時間を使い、サイーパス(峠)に着いたのがpm1:00だった。
そこはごろごろ石や岩だらけの丘のような場所、東には険しいピークがそびえ、マターピ山へと続くのだがトレイルは見当たらない。
北は先ほどのU字谷も見えるが真下の氷河湖は見えない。
峠の南端に来るとゴート山の西の斜面にこれから下りるトレイルがバーリング・クリーク沿いに伸び、その向こうの山間にセントメリー湖が見える。
クリークのさらに右、斜面にセクストン氷河を擁するマタピ山、その向こうにあるのがゴーイングトゥーザサン山である。
若者のグループが昼食をとっている。
シアトルから来た学生仲間である。
私は西側を少し登り、雪渓の近くで食事をすることにしたのだが雨が降り出した。
雪に埋めていたペットボトルを取り出し食事もそこそこに山を降りることにしたが、タイミングの悪いことに雨はすぐにやんだ。
ガレ場のスイッチバックに入る。
前方にサイーパスで会ったグループの歩いているのが小さく見える。
これからサイーパスを目指すハイカーとすれ違った以外に人は見当たらない。
雨の心配をしたわけではないが、ちょっとした遊び心で近道をしたくなった。
スイッチバックは急勾配を登ることの負担を避けるため斜度の少ない道でジグザグに折り返す道である。
しかし、これを降りるとなると非効率的、すぐ下に折り返しの道が見えるのにそこに着くまで何倍もの距離を歩くことになる。
落石で迷惑をかける人も見当たらず、ガレ場の植物も避けて通れそうなのでトレイルから外れ、ガレ場を真っ直ぐ下ることにした。
1つのスイッチバックをショートカット(近道)しさらに真下に進むが、途中東にクリークが見えたのでそちらに向かう。
定められた道を歩かない楽しさ、子供じみているしルール違反と言われれば、もっともだ。
しかし、そんないたずら心を持つのは私だけだろうか。
犯罪とまでは言わないが、悪いことをすることの快感というか自己満足感、
極論かもしれないが一人旅で得られるものと相通じる気がする。
川沿いに岩の上を歩いてトレイルに戻った。
そこはスイッチバックが終わり草木の茂る中、右側の谷を流れるバーリング・クリークと平行に延びる一本道である。
セクストン氷河はこの川の向こうに見えるが、これからは遠ざかる一方、そこに寄る道があれば行きたかったが、見当たらなかった。
というより自分で道をはずれ、さらに東に進んだのだから自業自得だ。
木がまばらになり見晴らしの良い草原に入り、脇道があったので左に曲がる。
小高い丘で行き止まりになっていたが、セントメリー湖の見えるちょっとした展望地になっていた。
もう雨の心配は無さそう、時間的にも余裕がある。
腰を下ろし、サイーパスで食べ損なったサンドイッチを食べながら、今日のハイキングを振り返る。
グレーシャーにして良かった。
日本で一年分の感動を三日で味わったような気分になる。
山を下り、GTSRのサンリフトゴージに着いたのがpm5:00
時間があったので、ここでバスに乗らずセントメリー湖沿いにサンポイントまで歩き、そこからライジングサンに戻った。 pm7:00
距離:22km、UP:700m、DOWN:1100m
キャビンに戻り、シャワーを済ませた。
夕食の時間、昨年のヨセミテと違いストアーで野菜が売られていないのでピクルスで代用していたが、3食×3日サンドイッチが続くと、さすがに飽きてきた。
今日はレストランにしよう。
モーテルのフロントと同じ建物内にあるレストランの名前は“Two Dog Flats”。
メニューを見てまずサラダだが、種類を選ぶ時まず値段で決めることにしている。
ラスベガスで6ドルのサラダを注文して食べ切れなかったことがある。
一番安い3ドルのハウスサラダにした。
メニューに書かれているメインディッシュは4種類、内想像できるのは3種類
ローストビーフ、カントリーステーキ、骨なしポーク
カントリーステーキはビーフにパン生地を付けてフライにしたもので、ここに来るアムトラックの車中食で食べたがおいしくなかった。
ローストビーフを注文する。
まず出てきたのはサラダ、適量でおいしい。
注文した時とは別のウエイトレスが次に持ってきたのはローストビーフではなく骨なしポークだった。
斜め前の女性がクレームをつけ返品していたが、どうやら私のと間違えたようだ。
せっかくだからと受け入れたが、これが非常においしかった。
ポークにはゆでたブロッコリーとフライドポテトがつく。
このポテトがまたおいしい、量も半端でない。
イエローストーンで食べたバッファローステーキ同様、思い出の一品となった。
8月10日
今日はどこへ行こう。 いや何をしようか。
ライジングサン 5日目、明朝ここを出発する。
予定では雨を考慮していたが、たいしたこともなく目的のハイキングは全てこなした。
それで今日のプランだが
1.ブラウン山へのハイキング
2.セントメリー湖のほとりで読書
3.オトコミ湖へのハイキング
1.ブラウン山へのハイキングは展望台からの景色が最高とガイドブックに書いていた。 距離は片道4.5kmとしれているが高低差2300というから平均斜度30度、ほとんど岩登りである。
マクドナルド湖までバスの移動も考えると昨日以上のハードスケジュールになるだろう。
2.セントメリー湖のほとりで読書、であるが花のシーズンを終えたセントメリー湖にあまりひかれるものがない。 ボートツアーにも参加したことだし
3.オトコミ湖へのハイキングは出発点がここライジングサン、バスに乗る必要がない。距離も短い。
結局、早朝セントメリー湖を散歩し、その後オトコミ湖へ、そこで読書でもというプランに落ち着いた。
カメラを肩に下げGTSRに出て右に曲がる。
ボート乗り場とその先のサンポイントにはすでに行ったので、今日はその中間にある展望台に向かう。
この公園にはシャトルバス以外に有料の観光バスが運行されていて、“レッドバス”と呼ぶ。
文字通り車体が赤で派手だが、どことなく伝統を感じる。
このバスツアーは、東京のハトバスのようにルート、所要時間等種類があり出発地に応じて選択することができる。
ガイド付きなので車のない人や効率よく見て廻る人にとっては便利である。
そのレッドバスがセントメリー湖を通過するとき必ず寄るのがその展望台である。
絵葉書などみやげ品にも使われる。
シャトルバスのバス停はないが心の広いアメリカ人のことリクエストすればきっと降ろしてくれるだろうが、始発便もまだ来ない時間なので私はキャビンから歩いて行くことにした。
今朝も曇り空、風が強い。
ライジングサンから30分、標識を見落とすと通り過ぎてしまいそうな場所GTSRのすぐ横にその展望台はあった。
前後は木に隠れているがここだけは見通しが良い。
フラットな地面にベンチが設置され、先客2名が三脚を立てカメラをのぞいている。
視野に入るものは下から、林、湖、岩山
湖の中央には小島が浮かび、そこにはゴチック建築のように針葉樹が立ち上がっている。
展望台の地名はその小島からワイルドグース・アイランドと呼ばれている。
たしかに絵になる。
風景を描くときの手本のようで、銭湯の壁絵にしたい。
しかし、何か物足りない。
前にも述べたが、湖の青、森の緑、雪の白、岩の茶色、といった明確なコントラストがない。
ただそんな私を納得させてくれたのが、上部を占める雲だった。
折り重なる雲のグラデーションが、あまりにも整いすぎる景色に躍動感をあたえていた。
展望台をあとにGTSRを引き返す。
時刻は7:30、雲に隠れていた太陽が顔を出す。
帰り道は東向きになるので日差しが寒さでこわばった体を徐々にほぐしてくれる。
アメリカに来てまだ6日目であるが遊ぶことだけ考えているのでストレスがない。
充分運動をし、酒も飲んでないので体調は日本にいる時より良くなっている。
こっちに来て少し足が長くなったようだ、振り返り路面に写った自分の影を見てそう思った。
ライジングサンに戻りレストランで朝食、少しリッチな気分になる。
キャビンに戻り、バッグに必要なものを積めオトコミ湖へのハイキングに出かける。
キャビン西側を流れるローズクリークに沿って森の中を歩く。
“オトコミ”という名前は英語というより日本語っぽい。
アメリカのあちこちにある名前と同様、先住民の言葉であろう。
時刻は8:30、行程に余裕があり、1日休養気分である。
それでも違う道にはそれなりの特徴があり、目に映るものに新鮮さを感じる。
歩き始めて1時間小さな滝の見える平坦な川岸で休憩
それを過ぎると森を抜け右上がり見晴らしの良いガレ場の斜面に入った。
一度クリークから離れたのだが、斜面を下りオトコミ湖を示す道標が立てられた平地に着いた。
クリークのそばでキャンプ場にもなっている。
上流に向かって進み、オトコミ湖に着いたのが12:00。
周囲 1kmぐらいだろうか、林に隠れて見えないところもあるが、観光客は20名程度であろう。
ここも典型的な氷河湖、訪れる人は少ないのだろう、林の中わずかにその痕跡を残すトレイルを反時計回り、そそり立つ岩壁に向かって歩く。
比較的高地のせいだろうか、高い木は見当たらず背丈ほどの樅の木が群生している。
短くふくらみのある針葉で覆われた枝先に5cmぐらいで青紫色の実をつける。
楕円状の形といい、その色といい宝石のように美しい。
初めて玉虫を見た時の心境、変色しないのならもって帰って家に飾りたい。
林で囲まれ、誰もいない小さな岸辺を見つけ、腰を下ろす。
さわやかな風が周りの木を揺らし、ガラスのように透明な湖面にさざなみを立てる。
先程見つけたリップルマーク(太古ここが海の浅瀬であった頃にできたさざなみの跡)のついた石と同じくらいの波長だ。
浅瀬に敷き詰められた岩壁と同じ赤い瓦礫が美しい。
その色はそれに含まれる鉄分のせいだと思うが、この湖を源とする川の名前“ローズ・クリーク”はその色に由来するのだろうか。
時々強い風で周りの木が音を立て、熊でもとあたりを見回すが、しだいにそれも気にならなくなった。
海外旅行というとつい時間きざみの予定を立て短い期間でできるだけ多くを見ようとする。
そんな中で、少し余裕を持ち何もしないひと時がほしかった。
夢を見た。 現実とよく似た内容、旅をしている。 しかもいい夢だ。
私はよく夢を見るが、そのほとんどは悪夢、特に飲みすぎた後は最悪である。
遠くから聞こえる歓声に目が覚め、声のする対岸に双眼鏡を向ける。
1人、2人・・・・・・5人、子供3人と両親の家族のようだ。
さっきの歓声はマスでも釣り上げたのだろう、末っ子がその魚を両手に持ち、お母さんが写真を撮っている。
次に子供の横にお父さんが加わる。
何だやっぱりそうなのか、釣れるとうれしいんだ
2日前のヒドゥン湖での青年のことを思い出しながら、人それぞれであり、同じ人間でもあると思った。
しばし双眼鏡で人間ウオッチング、釣れるまで変化はなさそうだ。
正面の岩壁に双眼鏡をずらし、ここからそこへたどり着く地形を追う。
林に隠れて道は見えないがレンガ色の砂礫の上部までは行けそうだ。
そこに立つと湖や左のピークはどんなふうに見えるのだろう、壁の向こうは・・・・、と想像を膨らませるが今日はやめておこう。
静かな湖畔に一人の自分と自然というシチュエーションを壊したくなかった。
本でも読もう
当代人気の作家による本格的ミステリーである。
作中の一人称の人物が被害者であり、これから犯行を企てるという設定、面白い。
また歓声が上がったが、今度は気にならなかった。
時計は4時を廻っている。 そろそろ帰ろう。
帰りトレイル脇のガレ場を歩いた。
地形的に言うと氷河が大地を削りその周辺に取り残された礫“モレーン”と呼ばれる地帯である。
砂や砂利は無い、こぶし大から、持てないぐらい大きな物までが広範囲に斜面を形成している。
斜面の角度は重力と摩擦力が均衡し、それらがかろうじて落ちずにそこに存在できる、いわゆる安息角である。
もし地震でも起きると雪崩のようにトレイルや谷を襲うだろう。
さまざまな種類の石が存在する。
火成岩、変成岩、堆積岩、化石、それらも組成の違いによってさらに分類され、色もさまざまである。
さらにこれらは元々岩山を形成したものであり、その山自体が長い年月で形作られた堆積層の集合体であるわけだから目の前の岩石群の年代も新しいものから古くは10億年以上前の物まで雑多に混在している。
まるで岩石の博物館なのである。
又、それぞれの固体はその状態で存在し続けるわけではなく風化して土となるもの、あるいは地殻変動、地熱、火山活動の影響を受けるものもいるかもしれない。
いわゆる岩石サイクルと呼ばれる一連の過程の中で変化していく。
だからその一つをとってみてもそれが形成された年代や当時のさまざまな環境が推測されるわけだ。
インターネットで取り寄せた一冊の本“GLACIER”、そこには写真ばかりでなく、この公園に関する地形、動植物、人との関わりが書かれている。
地形においては風景を描写するだけではなく、ここを形成するもっとも古い地層に時代をさかのぼり、当時の地球の地殻の状況、その変遷、例えば大陸移動、火山活動、気候変動など、まるでこのグレーシャー国立公園の履歴書のように書かれている。
足元に転がっている石を見ながら思った。
この本を作るために、この公園の謎をひも解くのに、そしてここまで論理を積み上げるためにどれだけの学者がその研究に時を費やしたのだろう。
年代別地層断面図を作るのにどれだけの岩石調査、データ収集をしたのだろう。
学者の好奇心と言ってしまえばそれまでだ。
しかし、自然には勝てないかもしれないが、人間だって捨てたもんじゃないと、そう思うのである。
キャビンに戻り、シャワーを浴びる。
今日のハイキングは距離 20km、UP・DOWN共570mだった。
初日に買った食パンはまだあまっているが、昨夜の味が忘れられずレストランへ
注文は昨日と同じハウスサラダと骨なしポーク、そしてビール1本
ライジングサンでの最後の夜、食後フロント横のみやげ物コーナーに入る。
北側のガラス窓を見て雨が降ったことに気づく。
外は明るいが地面が濡れている。
“雨か”の独り言に“そう どしゃ降りだった”と客の一人が答えた。
食事中雷が聞こえていたが、遠くのことだと思っていた。
集中雨だったことが、窓越しに見える軒からの雨だれが物語っている。
表に出る。
pm8:00 空気は澄んでいるが寒くて散歩気分になれない。
こんな夜は読書に限る。
飲み足りなくて、ジェネラルストアーでビールを買い、暮れ残ったたそがれを後にキャビンに入った。
8月11日
6時起床
昨日レストランのディナーで余ったフライドポテトで朝食を済ませ、昼食用のサンドイッチを作る。
今日は山越えの日である。
部屋を片づけ60ℓのリュックに荷物をつめる。
フロントでチェックアウトを済ませ、ストアーで水、りんご、バナナ、そして熱いコーヒーを買う。
ストアー前の椅子に腰掛け、コーヒーを飲みながら、バスを待つ。
バス停は駐車場の向かいにあるのだが、バスの特徴も覚えここからでも間に合う。
不安なことは15kgの荷物を持って1日歩けるかということである。
本格的な登山の経験はないし、ここ20年リュックを背負っての山歩きもやっていない。
気持ちは充実していても、それだけでやり通せる年ではない。
シャトルに乗り、ライジングサンに別れを告げる。
サイーベンドでバスを降りトレイルに入る。
平坦な道だが歩き始めて呼吸が整うまでにいつもより時間がかかった。
昨日までと違い背中に重量があるため歩く姿勢も前かがみ、特に登りになると下向きで視野が狭くなる。
しかも森の中、地図にない分岐点もいくつかある。
一昨日、この道を歩いておいて良かった。
迷うことなくサイーパスの分岐点に到着、右に曲がればプレストンパーク、今日は真っ直ぐピーガントレイルだ。
高度2200mあたりから樹林限界を超え、景色が急変した。
右側サイー山の稜線が頭上高く真っ直ぐ前方に伸びマターピ山頂に達し、稜線の左はガレ場斜面が谷底まで続いている。
斜面中程水平に延びるトレイル、この道の終点、そしてマターピ山の切れ落ちる場所が峠、ピーガンパスである。
そこを歩く人はいない。
上空は雲で覆われ、ピーガンパスだけに雲の切れ間から薄日が差している。
寒い。 強風が体感温度をさらに下げる。
谷の景色も雄大だが気持ちにそれを楽しむ余裕がない。
今は一歩一歩足元に神経を集中し、とりあえずあの小さな青空の下まで行くことだ。
トレイルに雷鳥を見つける。
夏場の雷鳥は茶色の濃淡が混ざり合っているので、このガレ場の中ほとんど目立たない。
強風で下を向いていなかったら、見逃すところだった。
カメラを向けるが、寒さで指がうまく動かない。
歩き始めるが、風の強さが増したようで、体が揺れる。
斜面に刻んだトレイルの幅は1m、左は傾斜45度のガレ場がはるか下まで続いている。
落ちたら助からないであろう。
雨具、リュックカバーは用意しているが、できれば降ってほしくない。
左から吹き上げる突風に体が浮きそうになる。
背負っているリュックの重みが、この時はありがたいが、怖いのはその風が急にやむ時である。
それまで抵抗していた体が左斜面側にふられるからだ。
なるべく上体を低くし、風が止まるのを常に意識しその瞬間に身構えながら、ゆっくり進む。
わずか1km先の峠がなかなか近づいてこない。
中間点を過ぎたあたりで、リュックを背負ったまま岩を背もたれにして小休止
道幅がここだけ岩の方へ少し広くなっているので風が和らぐが、長居は無用、気持ちが落ち着いたところで再出発。
峠に着いて一息、岩陰でタバコを吸おうとするが火を付けるのに手こずり、寒さと強風で味が分からない。
西側にそびえるガーデンウォールの鋸の刃のような稜線にガスが漂っている。
天候の悪化が気になるので、のんびりもしていられない。
峠を越えると、メニーグレーシャーへつづく谷とその向こうの山まで見渡せた。
この吹きさらしの峠を下れば、少しはましになると思ったが、あまかった。
ここのトラバースも左が斜面になっており、強風で飛ばされそうになり、とうとう歩くことができず、何度もトレイルにしゃがむ。
20年前の大山を思い出した。
山小屋から剣が峰の稜線に入り、霧の中を歩いた。
中間点で風が強くなり、馬の背のような稜線にしがみついて、落下するのを我慢した。
山岳地図で“危”と書いている場所の怖さを知った。
今の状況はあの時よりはましだが、これ以上風が強くならないことを祈った。
平坦な場所に降り、気持ちが緩んだのか突風で転倒した。
クリーク沿いの草原地帯に入り、ピーガン峠を振り返り、国立公園のハイキングトレイルでも天候しだいで危険が伴うことを知る。
ガーデンウォールの右側、カタラクト・クリーク沿いのトレイルを下り、モーニングイーグル滝に着いた。
滝つぼから少し下がった川沿いの草原で昼食をしているとハイカーがメニーグレーシャーのほうへと歩いていく。
空は相変わらずの曇り、ランチタイムもそこそこに歩き出した。
ハイキングガイドによると、ここからメニーグレーシャーまでは平坦からやや下りの歩きやすい道である。
残りの距離と、自分の体力を秤にかける。
上半身に痛みを感じるが足腰は大丈夫、気力も充実している。
先程滝で見かけたハイカーに追いつく。
両親と子供3人の家族、私に気付き、道を譲ってくれる。
すれ違う時礼を言うと、お母さんが“風が強かったわね”
さっきはウインドブレーカのフードで見えなかったのだが、先頭にいるのは10歳くらいの女の子だった。
彼女もピーガンパスを越えてきたのだ。
思わず、覗くように“だいじょうぶ?”と声を掛けた。
“だいじょうぶよ”
私のためにトレイル脇の草むらに立ち私の目を見ながら答えた。
その時の自然な態度とわずかに微笑みを含んだ彼女の顔は今でも忘れない。
いままでここで見たどんな花よりもかわいくて、しかも強さを感じた。
今も思い出すと山越えのことを貴重な苦労話のように書いている自分が恥ずかしくなる。
分岐点に来て左折した。
少し遠回りになるのだが、ロアーグリンネル湖が見たかった。
しばらく草原の中の細いトレイルを歩き、やがて林に入り、30分ほどでトレイル左側大きな木の間に美しい湖が見えた。
湖岸で休憩 pm12:30
今日から泊まることになるメニーグレーシャーのスイフトカレント・モーターイン(SCMI)まであと、3~4時間
ここでまた迷った、というより欲が出た。
当初(日本での計画時)私は第二宿泊地であるSCMIには4泊するつもりだった。
そして3日間のハイキング(グリンネル氷河、アイスバーグ湖、クラッカー湖)を予定していた。
ところが帰りシアトルでの列車から飛行機への同日乗り継ぎに不安を感じるので、ここを発つのを1日早めることにした。
これからこの湖の上流にあるグリンネル氷河に立ち寄ることができれば、残り2日で予定の3箇所ハイキングが可能になる。
近くの男性にトレイルヘッドの位置とグレーシャーまでの所要時間を聞いた。
ここからトレイルを下り、ジョセフィン湖の手前で左に曲がりその対岸へ行くとトレイル・ヘッドがある。
そして私達がいるロアーグリンネル湖の対岸を指差し、その中腹を通り湖南側上部にある丘のさらに向こうまで行く。
“とてもタフな登り”だと教えてくれた。
彼の説明を聞きながら、今の私には体力的に無理だと感じた。
湖を後にしてトレイルを下り、ジョセフィン湖の船着場に着いた。
船に乗り、少し楽をしよう。
水際から離れ、この字形の屋根付ベンチに荷物を置き、腰を下ろしてふと思った。
乗場横に設けられた時刻表によると、船の最終便は15:10発、ここに荷物を置いてグリンネルグレーシャーへ行けないだろうか。
トレイルヘッドはこの湖の対岸、来た道を5分程バックし右に曲がればそこに行ける。
行くなら迷っている時間がもったいない。
リュックからデイバッグを取り出し、1ℓの水、バナナをそれに入れた。
船着場からトレイルヘッドまで20分、いきなり急な登りが始まった。
天気は回復し、日射を正面からまともに受ける。
ふと気がついてトレイルヘッドに戻る。
上着を脱いだ時、肩に下げていたカメラをそこに置き忘れていた。
ライジングサンで夕方、湖への散歩の帰り岩の上にメガネを忘れ、グラナイトパークシャレーからザ・ループへ降りる途中の橋の下でもメガネを忘れ、これで3度目か、
カメラがあっただけでも儲けもの、と焦る自分に言いきかせる。
人気のトレイルだけあってハイカーが多い。
やがて前方に岩山が見え、一すじの滝が流れている。
グレーシャーはその向こうだ。
左側の谷底にロアーグリンネル湖が見える。
岸辺から見た時はグレーがかっていたが、今は美しいターキーブルーが森の緑の中に浮かび上がっている。
ここでこんな色を見てしまったら、クラッカー湖との感動的な出会いはあるのだろうか。
ハイカーから声がかかる。
“Hi” “Hellow” “How are you” “How’di” “How are you doing”
人によってさまざまだが、私は“Hi” か“Hellow”を繰り返すだけ
それでも言葉の中に少しは感情を込めることができるようになった。
下りのハイカーがコーナーを曲がるとビッグホーンシープがいる、と教えてくれた。
写真ならあるが、実物は初めてだ。
想像以上に大きく、毛のない薄茶色のつややかな肌、そしてコンパスで書いたように見事にカーブした2本の角を持っている。
マウンテンゴートのようにやさしい顔立ちだが、近くで見るとなかなか迫力があり、どちらかというと男性的だ。
森林限界を超えたころ、小高い丘が見え、その上に立つと、頂上までの視界が開けた。
グリンネル氷河である。
まず目の前にあるのは氷の浮かぶ湖、アッパーグリンネル湖
50m奥の垂直の壁から小さな滝が湖に落ちている。
そのさらに奥に氷河が高くそびえるガーデンウォールまで伸びている。
その稜線上でくぼんだ部分が4日前に立ったオーバールックである。
今私が立つ場所はこの湖をせき止めるダムのようにごろごろ石で覆われ、湖と反対の北側は深い谷になり、その谷あいにすぐ下のロアーグリンネル湖は見えないが、ジョセフィン湖、スイフトカレント湖と続いている。
5m程坂を下り、岸辺を歩く。淡いグレーがかった空色の水は2,3メートルでその透明度を失い氷が湖面を覆う。
グレーシャーの写真集では氷河が湖まで迫って高さ数メートルある洞窟のような先端部に人が近づいていたが、そのような場所は見当たらない。
温暖化のせいで後退しているのだろうか。
北側斜面手前、谷を見渡せる岩に腰を下ろし、一服
人気スポットのわりには人が少ないので遠慮なくタバコが吸える。
ピーガンパスでは味が分からなかったが、今は晴天心地よい風に吹かれて満足
そろそろ戻ろう、もたもたしてるとボートの最終便に遅れる。
もう一度湖に立ち寄り、丘を下りトレイルに戻った。
ビッグホーンシープが斜面で草を食べている。
来たときより、数が増えている。
岩場に入ってまもなく、ビッグホーンシープと鉢合わせ、後ろの曲がり角にもう1頭顔を覗かせている。
右は崖、左は急斜面、車ならどちらかがバックするところだがお互いゆずる気はない。
お見合い状態がしばらく続き、少し私が威圧するように前へ出ると体を左に向け斜面を駆け上がっていった。
コーナーで待っていた2頭目が出てきて私と見合う。
前にならって左に移動、せっかくだからと思いカメラを取り出す。
さっきのはどこへ行ったのかと、見上げてぎょっとした。
さらし台の生首のように、岩の上からこっちを見ている。
まさかそこから襲ってくるとは思えないが、それにしてもそのときは驚いた。
それが去ると次は2頭目がまるでステージでポーズをとるファッションモデルのようにそこに現れ、去っていく。
そうしているうちに3頭目が現れ、4頭、5頭・・・・・・・ 数えるのがおっくうになる。
ハイカーが現れてほっとする。
彼もずいぶん待たされたのだろう、すれ違うとき、顔を見合わせて笑う。
それにしても暑い。
今は後ろから日が当たり、後頭部を射すが、帽子は持っていない。 Tシャツを脱いで、帽子代わりにかぶる。
暑さと疲れが思考力を低下させているのだろう。
今日は確か山の向こうから歩いてきたのだが、どうもピンとこない。
確か寒さで震えていたはずだが、それが昨日か或いはもっと前のような気がする。
ジョセフィン湖が右手前方に見えてきた。
思ったより時間がかかっている。
ボートの最終便が気がかりで、時計が気になる。
悪いことは重なるもので、道に迷った。
右に曲がってトレイルヘッドに降りるつもりが通り過ぎ、湖岸道に下りついた場所はトレイルヘッドからかなり下った位置だった。
対岸の船着場が右奥に見える。
最終便の時刻まで20分しかない。
走った。
走りながら、前でベルトの止め具を合わせ、サイドのベルトを絞り、揺れるバッグを体に固定する。
船着場で待っている人から走っている私が見えるはず、先に船が着いても待ってくれると思いながら走った。
どこにこんな体力が残っていたのだろう。
自分の心拍を感じながら、トレーニングジムの自転車なら赤ランプはつきっぱなしだろうと思った。
船着場の手前で走るのをやめ息を整えようとするが、その時の私の顔はきっと老人だっただろう。
桟橋にボートが着くのが見えた。
ボートから出てきた人が乗客に呼びかける。
どうやら切符にも種類があるようで優先順位があるようだが、もちろん私は持っていない。
時刻表には定員39名と書かれているが、最終便だし定員オーバーでもと思ったが、私を含め10名ほど残し、ボートは出発してしまった。
係員の英語が分からなく不安になり、客の一人に聞いてみると、20分したらもう一度ボートが来るとのこと。
なるほど待っている人は最後まで面倒を見る、ということか
さらに感心したことは、残された人たちのマナーの良さであった。
静かに待ち時間を過ごしているのだ。
これが日本なら係員から説明のあった時点で不平不満が上がるだろう。
“湖は穏やかだし少しぐらい定員オーバーでもいいじゃない。立ってるから乗せて”とか
目の前の人は不平1つこぼさない。
ある人は本を取り出し読み出した。
一人の男性が釣竿を取り出し桟橋の先端で釣りを始め、別のファミリーの子供が横に座って静かに眺めている光景は絵になった。
ガイドブックにはチェックインが6時を過ぎると予約無効は当たり前と書いていた。
そのことを気にしていた自分が恥ずかしい。
遊覧船はジョセフィン湖とスイフトカレント湖で運行されている。
観光気分というより今はできるだけ楽をしたかった。
2回目のスイフトカレント湖で乗ったボートから美しい建物が見える。
終点のメニーグレーシャー・ホテルである。
ここから私が泊まるSCMIまで最後の歩きである。
“さあ、あとひとふんばり” と、リュックを担ぐが、重い、全身が痛い。
暑さも伴い、この状況で舗装道路をただ目的地へ着くためだけの歩きはつらい。
カーブのたびにその先にそれらしき建物がと思い、あそこまでと思うが何度も裏切られる。
ホテル前で道を聞いたとき1マイルと言ってたが、もう過ぎているように思える。
一本道だから迷うことはないのだが、歩行者に聞いて愕然
あと3/4マイル、聞き返すが“Three quaters” だから間違いない。
かといってここで休むわけにはいかない。
今休むと、眠ってしまいそうだ。
pm7:30 SCMIに到着
モーテルは一つの建物にフロント、レストラン、ストアーが同居している。
正面の広いスペースが駐車場、裏手がキャビンのエリアである。
チェックイン、キャビンへの移動、シャワー
今の私にはそれぞれが重労働だ。
私が泊まる14号棟はモーテルから歩いてわずか1分であるが、フロントで貰った地図を片手に、たどり着くのに四苦八苦
一軒家で50ドルは安いがバス、トイレは付いていない。
すぐ横の建物でシャワーを済ませ、ストアーへ買い物
酒が飲みたい、全身の痛みを中和してくれと体が訴えている。
缶ビール2本と300mlの紙パック入りワイン、サンドイッチを買ってキャビンに戻る。
ビールでのどの渇きを癒し、ワインを2本目のビールで割ってサンドイッチと一緒に流し込む。
9:30ベッドに付く。
明日は歩けるだろうか。回復しなかったら、今日のグリンネル行きは失敗かもしれない。
しかし、あそこで決行しなかったらそれはそれで後悔していただろう。 まあいいか
それにしてもよく歩いたものだ。
距離 30km、UP500m,DOWN800m,UP300m,DOWN300m
長い1日だった。
8月12日
いつもなら寝付いて5、6時間後には起きるのだが、今日は6:00まで目が覚めなかった。
体に異常がないか確かめながらゆっくりベッドに腰掛け、テーブルの上のペットボトルでのどを潤す。
立ち上がりストレッチをするが、上半身に軽い痛みとだるさを感じる程度、気分も悪くない。
大丈夫かも
表に出て周囲を散歩、ストアーで熱いコーヒーを買い、前の椅子に掛ける。
正面駐車場奥に岩山が立ち上がり、西のかなたには頂上付近が朝日を浴び灰色に輝く三角形の山、ウィルバー山が見える。
今日もハイキングに出かけよう。
アイスバーグ湖かクラッカー湖か、どちらも高低差は少ないが、クラッカー湖の方が距離がある。
アイスバーグ湖への登山口はキャビンのすぐ裏手、とりあえず今日は楽な方からにしよう。
歩き始めて30分で体の痛みは消えた。
人間の体は不思議なものだ。
病は気からというが、仕事ではこうはいくまい。
今日は朝から快晴、景色も最高、さらに元気にさせてくれるものが待っていた。
熊の出現だった。
“この先に行ってはダメ、熊を見たの、間近だったのでどきどきしたわ”
追いついた観光客から声をかけられる。
このあたりはよく出るのだろう。
2週間前のインターネット情報では アイスバーグトレイルは熊のためハイキング禁止となっていた。
帰りもそうだったがパークレンジャーが巡回しているようだ。
今も横にいるので心強い。
しばらく旅の話をしていた時のこと、“あっ、また来たわ 動かないで”
トレイルの西側、クリークが流れ低木のしげる沢を一匹の熊が何かを食べながら歩いてくる。
私たちから5m低い位置を距離にして15mまで接近して通り過ぎていった。
夢が叶ったような気持ちだったが、残念だったのは慣れない動画モードの操作に失敗し、その動きをカメラで捉えることができなかったことだ。
そのあとしばらくレンジャーが熊を追い払うかのように“イーホー”と大きな声で叫びながら先導してくれた。
森を抜け見晴らしの良い山の斜面を歩く。
谷を埋め尽くす針葉樹、両サイドと奥に連なる山々が作り出す光景はヨセミテ公園のトンネルビューからのそれを思い起こす。
分岐点を左に曲がり、しばらくするとプターミガンウォールが見えてきた。
あの下にアイスバーグ湖がある。
ウォールは奥深く、上から見て円形にえぐられ、その円内にはいると三方巨大な壁に囲まれる。
植物のない切り立った壁の威圧感、そしてその立体感は写真では捕らえられない。
アイスバーグ湖に着いた。
標高1860mに位置する直径約1kmの湖、それを取り囲む灰色の壁の高さは平均800m、その壁の右側はガーデンウォールから引き継いだプターミガンウォールが占め、左側はウィルバー山がその役を担っている。
モーテルから独立峰のように見えたウィルバー山もここでは壁の一部である。
シンメトリックな形状とあまりにも急峻な壁は競技場かダムを連想させ、とても自然のものと思えない。
時刻は正午、壁の左半分にかかる影は雲のせいではなく、垂直に立ち上がる壁自身の影である。
アバランチェ湖で私なりに考えた氷河湖の形成メカニズムは間違いかもしれない。
壁面に雪は残っているが、グレーがかった青い湖面に氷は浮かんでいない。
アイスバーグ(氷山)はこの季節は無理なようだ。
ガレ場の湖岸に座り、風でざわめく木々と鳥の鳴き声を聞きながら、ランチをとる。
気温25℃、湖水19℃
あと1日か・・・・、ハイキングで苦労を共にし役立ってくれたものを地面に置いて、記念写真
ハイキングガイド、双眼鏡、温度計、シューズ
インターネットで取り寄せたハイキングガイドは、とても便利だ。
私のような1日ハイカー用に構成され、各ルートの距離、高低差、難易度、見所、マップが分かりやすく書かれている。
それらから自分のこなせる量が推測できるので、気持ちにゆとりができる。
双眼鏡は最近近くの眼鏡屋さんで見つけた6倍x25mmのコンパクトサイズ
今回のために好日山荘で買ったシューズのフィット感は抜群だ。
デイバッグの肩に掛ける湾曲した部分に蝶が止まっている。
種類によっては逃げないものもいる、ひょうもん蝶だ。
動物の尿に集まるのをテレビで見たことがあるが、止まっている場所が私の汗を吸い込んでいるためだろうか。
pm1:00 そろそろ戻ろう。
帰り道、2人の日本人観光客イワサキさんと知り合う。
正確に言うと日本生まれでアメリカの市民権を持つ70歳の男性と日本に住むその息子さんである。
お父さんは20代でアメリカに渡り、ミネソタ大学卒業、現在大学の研究所で働いている。
彼は7年前にもここを訪れ、グリンネル氷河へのツアーに参加し、レンジャーから教わった貴重な話をしてくれた。
それはこの旅の間、私自身常に気になっていた氷河の定義である。
氷河には三つの条件がある。(間違っていたら私の記憶違いだが)
1. 広さが20エーカー(フットボール場3個分)以上あること
2. 厚さが100フィート(30m)以上あること
そして三つ目は“動いていること”と言って手をコの字形に曲げて1日これぐらいと教えてくれた。
それを年一回測定するそうだが、確実に減少しているとのこと。
公園局発行の小冊子“GLACIER”によると、2030年にはこの公園の氷河は消滅するという。
分岐点着2:00、右はモーテルへの帰り道、左はプターミガン湖
イワサキさんに別れを告げ、私は左へ曲がることにした。
昨日は予定プラス、グリンネル観光、今日はおまけとしてプターミガン湖を加えよう。
急な登りで最初不安になったが1時間足らずで湖に着いた。
トレイルの右下にそれはありモルモット、地リスはいるが人はいない。
プターミガン(雷鳥)もいない。
もっともピーガントレイルで見たあの色のこと、メガネをかけても視力1.0の私の目ではいたとしても見つけるのは難しいだろう。
湖と周辺の景色を楽しむことにしたが、湖そのものに特筆すべきものはない。
アイスバーグ湖のように劇的な空間に鎮座するわけではない。
北側に見える山並みから始まり私の背後に続く谷、この広範囲の傾斜の中で、その大きさからするとぽつんと生まれた水溜り
それがプターミガン湖である。
岸辺に座り北の山頂に続くガレ場を眺めながらタバコを吸う。
中小企業の工場に勤め、定められた1日2回の時間内に定められた場所で吸っている私にとって、ここはすばらしい喫煙場になった。
ガレ場に茶色の画用紙に定規で線を引いたようなトレイルが見える。
2回のスイッチバックで折り返しその先は黒い岩場に消え、その上は真っ青な空との境界線、山の稜線である。
ガイドブックによるとトレイルが岩場に達するあたりにトンネルがあるはずだ。
プターミガントンネルという。
大きな荷物を担いで登って行くグループ、今日はトンネルを抜けその向こうにあるキャンプ場まで行くのだろう。
腰を上げ、次にとる行動は決まっていた。
トンネルまで行ってみよう。
トレイルに戻り、真っ直ぐ北へ進み右に大きく曲がりながらスイッチバックのある北斜面に入る。
南向きのガレ場には日光をさえぎるものはない。
二回折り返し、その直線の先が目的地であることは分かっているのだが、1つの直線がやけに長い。
そろそろ足にきていたが、懲りない性分である。
とにかく行ってみないと気が済まない。
トレイル右の傾斜が徐々に増し、崖っぷちに沿って岩場に達したときトンネルが見えた。
人一人が通れる長方形の穴が岩壁に開いている。
道はそこで終点、少し広くなったトンネル前が展望台になっている。
私が歩いて来たガレ場斜面が眼下に延び、想像通り雨上がりで取り残されたようなプターミガン湖が見える。
その先は樹林帯が続き、はるか向こうにガーデンウォールが見えている。
トンネルに入る。
少し緊張したが、それはすぐに消えた。
先に出口が見え、両口から歩くのに充分な光が差し込んでいた。
出口までの距離50m、上部稜線までと変わらないのではないだろうか。
刃の部分に穴の開いた包丁を連想した。
近年のグレーシャーの歴史において国立公園に指定される以前、金目的というか資源獲得を意図した活動も盛んに行われたそうだ。
いつ頃、何の目的で作られたのかは分からないが、先ほどのトレイルを延長して山を越えることがより危険と考えるなら、このトンネルは必要かつ必然的に生まれたのだ。
出口の方から歓声が聞こえる。
トンネルを抜けると私も思わず声を出した。
そこは南側を上回る絶景の広がる最高の展望台だった。
やはりここはいにしえの氷河によって両サイドに削り取られ、そそり立つ稜線の真下だった。
地図で現在地を確認する。
ローガンパスに端を発し、ガーデンウォール、プターミガンウォールと30kmに及ぶ岩壁の東端をこのトンネルが貫通している。
700m下の緑で覆われた谷にエリザベス湖、谷を取り囲む山並みが見える。
西はプターミガンウォールの黒い岩壁が視界をさえぎり、東の斜面には赤い砂礫の岩肌が美しいカーブを描いている。
そして、こちら側の岩場にも続くトレイルを見ながら、トンネル出入口にある扉、内部の通路両サイドの少し高くなったスペースは天候が悪化した時の避難所として機能するのだと思った。
予想していなかった光景を前に疲れが一瞬吹き飛ぶ。
後になって公園内で一番良かった所は?と聞かれると迷ってしまうが、少なくともその時はここが一番だと思った。
今日のハイキングはここまで、再びトンネルをくぐりスイッチバックを降りる。
pm6:00キャビンに戻る。
距離:20km 、UP:400m、DOWN:400m,UP:400m,DOWN:400m
シャワーを済ませ、ストアーで夜食を買い、キャビンのテーブルに広げる。
いつものサンドイッチに今日はラーメンを加えた。
日本製のカップ緬、ストアーでお湯を入れ、キャビンに戻れば出来上がり
緬は日本の物より太く、スープの味がうすいので少々物足りなさを感じる。
ビール2本とワイン、昨日見つけた紙パック入りの300MLであるが今日は赤を買った。
昨日の白も少し残っている。
こっちに来て心に刻まれる思い出の量が増えたせいだろうか
それとも確実に近づいてくるここを去る日を忘れようとするせいであろうか。
3日前から飲み始めたアルコールも量が徐々に増えてきた。
8月13日
今日もハイキング日和、そして最後のハイキング、クラッカー湖行きである。
トレイルヘッドはメニーグレーシャーホテル前、ここSCMIから歩いてもいいのだがホテルに立ち寄るセントメリー行きバスに乗ることにした。
ホテルのフロントで尋ね、トレイルヘッドのある乗馬ツアー用の馬小屋に向かう。
ちょうど9:00発クラッカー湖行きのツアーが出発したところだった。
馬が跳ね上げる砂埃を見て、私は少し時間をずらして出発することにした。
天気はうす曇、フロントで見た天気予報によると昼からシャワー、風速は5~15マイル/時(秒速2~7m)
草木の茂るトレイル、さわやかな朝、時々見晴らしの良い所で先方を行く馬の一行との距離を保ちながら歩く。
しばらく歩くとトレイル左、斜面下の広い平地の中に湖が見えた。
その北側対岸までは約300m、湖の東側は草原地帯、さらに東は樹林地帯になっている。
草原の中に二つの黒い点がある。
熊だ。
一匹はこちらに近づいてくる。
湖に向かっている別の一匹が突然ジャンプした。
その瞬間二匹の白い水鳥が大きな鳴き声と羽音をたてて飛び上がる。
熊は湖の中で頭だけを出して浮かんでいる。
草原の熊がそれに気付き猛発進、大きく上下運動しながらの走行はなかなか迫力がある。
湖に入りさっきの熊に並ぶ。
鳥のほうはというと、すぐまた着水し何もなかったかのように二匹並んで浮かんでいる。
それに向かって二つの黒い熊の頭が近づくが鳥はそれと一定の距離を保ちながら漂っている。
なぜ遠くへ逃げないのだろう、まるで熊をからかっているように見える。
そんな2対2のダンスが10分程続いただろうか。
その頃私は少しでも近くで見ようと、トレイルから斜面を下り草原に入り岩の上からその様子を眺めていた。
肉眼で充分見える距離である。
しかし私のコンパクトカメラで捕らえるには遠すぎる。
もっと近くに寄ってこないかなと思いながら見ていると、追跡を諦めた熊が草原に戻りゆっくりこちらに向かってきた。
熊は目が悪いのでこちらには気付いていないだろう。
スピードを速める様子もない。
しかし昨日とは状況が違い周囲に誰もいないし、もしもの時の逃げ場もない。
ガイドブックには100ヤード距離をあけろと書いていたが、すでにその臨界線内に熊は入っている。
カメラを向けるが手が震えた。
30mまで接近した時が気持ちの限界だった。
ガイドブックに書いていた“なるべく背中を見せないように”と思ったが、現実には難しい。
速く歩けないのと、後ろ向きに歩いて石にでもつまずいたら熊に知らせるようなものだ。
斜面のほうを見てドキッとした。
一瞬こっちにも熊かと思ったが、トレイルにいたのは二人のハイカーだった。
片手を挙げ口が“ハーイ”と言っている。
トレイルと草原の間にある斜面中間あたりまで後退し、彼らに尋ねた。
“ブラック・ベアー?”
返事は“グリズリー”
二匹の熊は私が立っていた岩の横の緑が比較的濃くなった部分まで来ると、歩くのをやめ草を食べ始めた。
これなら大丈夫(何の根拠もないが)、気を取り直し、そして性懲りもなく斜面を少し下り、盛り上がった場所に立ってカメラを向けた。
昨日失敗した動画モードでの撮影、今度はうまくいったようだ。
熊が東の樹林帯に入って見えなくなる。
振り返るとハイカーはもうそこにいない。
私は立ったまま高ぶる気持ちがおさまるのを待った。
ハイキング最後の日にこんな褒美がもらえるなんて、これなら雷雨で今日のハイクが中止になっても良いとさえ思った。
トレイルに戻りコーナーを一つ曲がったところで乗馬ツアーの一行に出会う。
さっきのハイカーに聞いたのだろう、熊を見るために後戻りするようだ。
“熊を見たかい”先頭のツアーリーダーから聞かれ、“Yes”と私
“湖の右の草原にいたが、林の中に入って行った”と言いたかったが、私の英語変換機能はすれ違い時の短時間では対応できない。
幸い馬の前を歩くことになり、少なくとも新鮮な馬の糞攻撃からは開放された。
しばらく歩くとクラッカーフラットというクリーク沿いのごろごろ石ばかりある見晴らしの良い平地に入った。
途中さっきの熊に会わないかと気になったが、ここならふいに出くわすことはないだろう。
その平地の中央あたり、トレイルの左に枯れた大木が一本置かれている。
それが簡易展望席であることが右の景色を見て分かった。
グリンネル山、ウィルバー山、プターミガンウォールが見えているのだろうか、ともあれグレーシャーを旅して何度目かの予期せぬ絶景である。
木に座り、その景色と対峙する。
あたりに人はいない。
気が済むまでそこで時を過ごし、気が向いたらまた歩き出す。
一人旅の醍醐味である。
再び林の中に入り、キャニオン・クリーク沿いの緩い登りが続く。
途中その川に架かる橋で休憩、木製で簡素な橋だが自然にマッチしている。
増水して流されても遠くへ行かないよう片側からワイヤーロープが伸び大きな石に固定されている。
橋を渡りクリークの西を歩くことになる。
やがて高い木が少なくなり、前方に岩山が見えてきた。
サイー山である。
グレーシャー独特の地形からその手前に湖があると推測できる。
見晴らしの良い高台に立つとそれが姿を現した。
この色を見たかった。
クラッカー湖のターコイブルーはグリンネル湖での懸念を払拭するものだった。
湖全体がその色で統一され、なぜかそこには山陰さえ写らない。
透明度がないからそうなるのか、トルコ石のようにその色になるから反射しないのか、“色”というものの本質を知らない私には理解しがたい。
もっとも何事においても本質を分かっているものなど一つもないのだが。
トレイルをさらに進み南北に長い湖のほぼ中央、東の小高い丘の上で昼食 pm12:40
日差しはきついが暑さは気にならない。
風が強い、秒速10mは超している。
予報と違うが、このような地形での風速は予想しにくいだろう。
平均的な目安と考えたほうが良いのかもしれない。
湖を取り囲むように、そして巨大なスタジアムのように斜面が周囲に広がり、徐々にその勾配がきつくなりそれぞれの峰に達する。
私のいる東側はキャンプサイトとして指定されている場所である。
日本のようにかまどや火の後がない、5m四方の整地が確認できるだけなので、それと判別しにくいのだが5箇所だろうか
この広い、しかもこんな絶景が見渡せる場所で、なんとも豪華なキャンプ場である。
しかも設営されているテントは一張だけ
遠く西側斜面に見える二人のハイカーはそのキャンパーであろうか、その先の雪渓までのデイハイクを楽しんでいるようだ。
雲ははれ、青空が広がる。
連日のパターンである。
高台を下り、湖のほとりを歩く。
岸辺には丸くて白い石が敷き詰められている。
それは石そのものの色ではなく、石灰石や石英のパウダーが表面に付着しているのであり、湖の色の正体であると確信した時、その一つ一つが愛おしく見えてきた。
対岸斜面に目を向けたが、先程のハイカーは見当たらない。
双眼鏡でも見えないことを考えると彼らは雪渓の上の稜線まで行くのかもしれない。
宝石のような湖と私がいるサイー山が見えるわけだから、そこからの景色は抜群だろう。
インターネットで見て、私をここに駆り立てた一枚の写真を思い出した。
崖っぷち腰掛ける一人の男性の左下にクラッカー湖が写っていた。
それはサイー山からの景色であり、今だから言えるのだが、4日前サイーパス手前でトレイルから外れ稜線上を歩いた時、もう少し北に進めばその場所にたどり着けたかもしれない。
そろそろ帰ろう、湖の色はあせることはない、途中で気が向いたら休めばよい。
食事した丘を越えると草原に馬が休んでいる。
乗馬ツアーであろう、その横やテラス状になった岩の上でツアー客たちが休んでいる。
朝トレイルヘッドでツアーのメニューを確認した時そこに早く戻れば3:30発の湖畔を周回する2時間ツアーに参加できると期待していた。
もう2時を過ぎている。 諦めよう
乗馬はまたどこかで体験できる、この景色はここでしか見れないのだから
クラッカーフラットのれいの倒木で休憩を取り、朝熊を見た場所まで下りてきた。
昨日もそうだったのだが日中は現れないのだろうか
そういえばイエローストーンで行われていた野生動物を見るツアーも早朝だった。
私にはちょうど良いが、熊にとってはこの日差しが暑すぎるのかもしれない。
かといって、樹林帯へ分け入る勇気はない。
今朝の動物たちの一連の生態を思い出しながら、まるで古戦場を見る思いで、湖を眺めた。
今日のハイキング 距離:20km、UP・DOWN共300m
キャビンに戻り、シャワーと買い物を済ませ、食事の前に部屋を片付け、荷物をリュックに詰め込んだ。
明日は早朝ここを出るので、身支度は先に済ませておきたかった。
忘れ物上手の私のこと、朝ばたばたしての失敗は数知れず、妻の顔が脳裏によぎる。
テーブルに残ったものは夕食だけ、もちろんアルコールも並んでいたのだが、その夜のことは記憶にない。
8月14日
とうとうグレーシャーを去る日がやってきた。
こなくていいのにやってきた。
寂しい気持ちはあるが、やるべきこととやりたいことをやり遂げたあとの充実感はある。
思い出は頭の中と1.5ギガのメモリーの中に詰まっている。
朝食とチェックアウトを済ませセントメリー行きのバスを待つ。
昨日も利用しているので心配はない。
予約不要、直接運転手に告げお金を渡せばよいのだ。
シアトル行きのアムトラックに乗るためにはグレーシャーパークロッジまで行くのだが、ここからの直行便はない。
セントメリーで乗り継ぐことになる。
5分でメニーグレーシャーホテルに着き、玄関前で一時停車、運転手にお願いして待って貰うことにした。
ホテルの中を通過して湖畔に出た。
ここに立つのは4回目だが、もう一度見る価値はあると思った。
午後は日射で景色がぼやけ、朝見たときは曇りでどんよりしていた。
今そこにあるのは晴天の澄んだ空気の中でくっきりと湖、そしてその向こうの山々が浮かび上がっている。
真新しい岩を荒削りしたような威風堂々たるグリンネル山を中心に前後左右に連なる山がスイフトカレント湖に影を落とす。
アメリカでも屈指の絶景だという。
バスの横で待っていた運転手に礼を述べ、バスに乗り込む。
乗客から“良い景色だったかい?”に,いつもならYesかNoしか言えない私だが、
“Yah perfect!”が自然に出た。
セントメリービジターセンター前で降りる時、運転手へのチップも感謝の言葉と共に渡すことができた。
ここでグレーシャーパークロッジ行きのバスに乗り換える。
乗客は私一人だけだった。
行き先を告げ料金を支払うと、運転手は言った。
“一度ライジングサンに寄ってそれから戻ってロッジに行く いい?”
うなずく私に “パークパスを見せて”
パークパスとは公園への入場許可証のことである。
メニーグレーシャーから一度園外に出て、これからライジングサンに入るため再度園内に入るというわけだ。
バスはビジターセンター横のゲートをくぐる。
運転手に一任しているのだろう、ゲートでのパスの提示は求められない。
メニーグレーシャーでも運転手にパスを見せたのだが、実は走り出してその有効期限の切れていることに気付いていた。
初日8月6日に購入し今日は8月14日、私が持っているのは1週間有効のパス
買う時レシートに留められた熊のイラストのついた黄色い紙を捨てるなと言われた。
日付の書かれたレシートを見ず、目立つこの紙を確認用としているのだろうか。
おおらかでアメリカらしい。
今朝フロントのチェックアウトでもそうだった。
予約時4日間宿泊で今日も泊まるつもりだったが、事前変更なしで今朝フロントで直接伝えた。
本来なら1週間以前に変更しないと無効なのだが、請求書は3日分だった。
運転手はイリノイ州から来た恰幅の良いおばちゃん、のっしのっしと歩く。
彼女には日中の暑さがこたえるのか運転中もあえぎ声が聞こえる。
夏だけこっちで働いて、シーズンが終われば帰るという。
ライジングサンから戻り、セントメリーとグレーシャーパークロッジの中間にあるトゥーメディスンに立ち寄り一時停車、そのたびに彼女は書類を持って建物に入る。
運行報告をしているのだろう。
再度ゲートをくぐったが、ここは園内にある観光拠点のひとつである。
トゥーメディスン湖のほとりに宿泊設備などがある。
写真集で見たフィンシュ山とコバルト湖の景色も見たかったが、1週間程度の滞在で消化するにはグレーシャーは広すぎる。
他にも、マクドナルド湖、スペリーシャレー、隣接するカナダ側のウォルタートン公園と欲を出せばきりがない。
運転手に停車時間を確認し湖岸で景色をカメラに収めた。
メニーグレーシャーといい、ここといい、観光ポイントで15分停車し写真を撮ってバスに戻るという、まるでどこかの国のバス旅行のようだ。
それでなにか得した気分になる私はまだまだその国の観光気質から抜けきれないのだろう。
ここで1組のカップルがバスに乗り、少し安心した。
会話を楽しむほどの英語力が無い私では運転手も退屈だろうから
夫婦とも大きなリュックを持っている。
後部のスペースにあるそれを見なくても彼らがキャンパーであることが分かる。
顔は日焼けで荒れ放題、寝ぐせの髪もほったらかし、目だけが生き生きしている。
彼らも旅を終え帰る途中、お互いの旅行について話す。
キャンプにもあこがれるが、熊が怖くてする気にならない、と言うと
“ベアースプレーがあるから大丈夫、熊は元々目が悪いし、それを吹き付けると熊はパニックになる その間に逃げればいいの” と奥さん
出発点は聞き逃したがトゥーメディスンまでの2週間のキャンプ生活、実際にそんな経験もしたのではないだろうか。
二人ともアメリカ人にしては大きくない。
年は30代、ご主人は細身で身長も私ぐらい、奥さんも華奢な感じだ。
しかし二人ともいい顔してる、私とは比べ物にならないくらい良い思い出を作ったことだろう。
終点のグレーシャーパークロッジ前で降りる。 pm12:00
ロッジに入り、荷物を預ける。
といっても所定の場所に保管してくれるわけではない、玄関を入ったすぐの床の両脇に置くだけだが、先客の置いたバッグを見て安心する。
どう見ても、私のリュックは盗られそうにない。
このロッジはかつてグレーシャーを観光地として開発したグレートノーザン鉄道が拠点として立てた建物である。
メニーグレーシャーホテルとならんで人気のある立派な木造建築だ。
中にある食料品店でサンドイッチを買ったがここでは食べにくい。
ロッジから少し離れたベンチで昼食
正面にアムトラックの鉄道駅が見える。
そこから6:45発の列車に乗ってここを去る。
6時頃ここに到着するバスでも間に合うのだが、ここでやりたいことがあった。
初日ここに来た時予約しておいたゴルフである。
1枚の紙を取り出す。
その時店員(ベンジャミン)が書いた覚書
“8/14、pm1:00、左クラブ、47ドル、支払済、BD” とある。
海外でのゴルフの経験は無い、しかも一人でのラウンドは初めて
観光地のせいだろうか、ロッジから歩いて3分のところにある小さなみやげ物店のようなクラブハウス、服装制限もなく抵抗なく申し込めた。
実はここで予約した理由はもう一つあった。
8月6日列車を降り、バスを待つための時間つぶしに立ち寄った時のこと
店員にラウンドするかと聞かれ、する気もないのに時間が無いことを理由に断った。
バスの発車時刻を聞いた彼は30分なら無理だなと同意
私は1時間30分あると思っていたが、夜行列車でシアトルから来る間に1時間の時差があったのを忘れていた。
彼が教えてくれなかったら、最終であるそのバス乗ることができず初日からとんでもないミスをするところだった。
そう思うと彼に大感謝、これを何かの縁だと思い気前よく前払いして予約したのだ。
クラブハウスに入るが、今日ベンジャミンは休み、代わりに女性の店員が対応してくれる。
私が予約したという履歴は残っていなかったが、紙を見せるまでも無く私の要求に応じてくれた。
またしても大らかなアメリカを感じる。
1番ホール、ティーグランドに立つが前にプレーする人は見えず、後ろで待つ人もいない。
一人のせいもあるが、景色を見ながらゆっくりまわることができた。
カート、手押し車、手持ちのどれかを選べるのだが、私は手押し車でのんびりゴルフを選択した。
ひとりでバッグを担いで廻っている人もいた。
雨の少ない土地柄かフェアウエイには回転式の水撒き機が動いている。
ボールがその中に入った時は一回転する間にショットしないと冷たい水を浴びることになるのだが、ショットに気をとられ何度か失敗
日本に帰って体験者から聞いたのだが、金具を押さえれば止まるそうだ。
各ホールに“Lazy boy”,“Heavy runner”などと固有の名前が付けられている。
なかなか面白いアイデア、これなら後で回想する時にイメージが浮かび会話も楽になる。
しかし、ネーミングの理解に苦しむものがある。
“悪い結婚”と付いたホールってどんなの?(まさかこのホールでけんか別れしたわけでもあるまい)
ショートホールで “ロング・タイム・スリープ” ってどういうこと?
地元の人と一緒に廻って、じっくり聞いてみたいものだ。
公園内の地形と違って、アップダウンは少ないが3364ヤードと9ホール・ショートコースとしては充分の距離だ。
ゴルフ場は日本でも山の中が多いし、公園内の景色を見た後なので特別な印象は無かったが、7番ホール531ヤードではティーグラウンドから正面に遠くグレーシャーの山が見え、なかなかスタートできなかった。
9ホール、51というスコアは貸しクラブとしては上出来だが、実はボール2個使い、各ホール良い方をとった成績である。
クラブハウスに戻り時計を見ると4時、急いで廻ればもう一回できそうだが、そんなゴルフはしたくない。
ハウス前のベンチに座り、他人のティーショットを見ながら時を過ごした。
ロッジに戻り、預けた荷物をピックアップ、玄関の両サイド横一列に並んだロッキングチェアーに腰掛ける。
軒下の日陰で、やさしい風に身を任す。
目の前に国旗がはためいている。
その先に広い庭があり、中央はお花畑が幅5mで延びている。
延びた先はアムトラック鉄道、イーストグレーシャー駅である。
お花畑の左は芝生になっていて、夜は野外ディナーが催されるのだろう、テーブルと椅子がセットされている。
右も芝生だが、アプローチとパターだけのゴルフコースにもなっている。
左から来たバスが目の前で止まり、劇場の幕引きのように正面の景色をさえぎる。
そろそろ帰ろう。
リュックを背負って歩き出した時、バスから運転手が出てきた。
私をここまで運んでくれた例のおばちゃんだった。
“これから帰るの?” と彼女
“そうです。 帰りたくないけどね”
“きをつけて”
“ありがとう”
ここから駅までバスが出ているが歩きたかった。
初日ここに来た時もそうした。
その時、期待に胸を膨らませここを歩きながら思った。
帰り、ここを通る時の私はどんな気持ちになっているだろう、
どんな私になっているだろう、と
さっき彼女に言った言葉は本音である。
振り返ると彼女が後部のボンネットに片手をついて寄りかかっている。
彼女にとって今日最後の運転だったのだろう。
自分の気持ちをぶつけるように、彼女に向かって叫んだ。
“へーい 来年も来るのかい”
“たぶんね あなたもよね”
少し感傷的になって声が出ず、片手をあげ親指を立てたあと、その手を振りさよならを伝えた。
彼女も黙って笑顔で答え、口が“バーイ”と言った。


























































































































































































































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